帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) 本書に主に登場するのは、5人の兵士とその家族。 そのうち一人はすでに戦死し、生き残った者たちは重い精神的ストレスを負っている。 妻たちは「戦争に行く前はいい人だったのに、帰還後は別人になっていた」と語り、苦悩する。 戦争で何があったのか、なにがそうさせたのか。 ーーーーー アフガニスタンとイラクに派遣された兵士は約200万人。そのうち50万人がPTSD (心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、毎年240人以上の帰還兵が自殺を遂げて

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)
本書に主に登場するのは、5人の兵士とその家族。 そのうち一人はすでに戦死し、生き残った者たちは重い精神的ストレスを負っている。 
妻たちは「戦争に行く前はいい人だったのに、帰還後は別人になっていた」と語り、苦悩する。 
戦争で何があったのか、なにがそうさせたのか。 
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アフガニスタンとイラクに派遣された兵士は約200万人。そのうち50万人がPTSD (心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、毎年240人以上の帰還兵が自殺を遂げていて、その数は増加傾向にある。自殺者の10倍の人数が自殺未遂をおかしている。精神障害に苦しむ帰還兵とその家族に、ピューリツァー賞受賞記者がより添い、見聞きした一部始終を記録したのが本書である。登場するのは、カンザス州のジャンクソン・シティとその近郊に住む5人の元兵士とその家族である。いずれも精神を病んでいるが、イラクに派遣された時の兵士の平均年齢は20歳。ほとんどが貧しい階層の出身者である。
アダムは負傷して帰国した。しばしば自分の乗った装甲車が道路に仕掛けられた爆弾に接触した時のことを思い出す。爆発で同僚の身体は粉々に吹き飛んだ。その情景が頭から離れない。彼の命を救えなかったことがアダムを苦しめている。アダムは発作が起こると妻のサスキアに乱暴を振るう。家具を蹴り、壁を破る。何度も自殺未遂におよぶ。サスキアはもはや正常さを保てなくなっている。他の4人の家庭もアダム家と同じように崩れている。一人の元兵士は耐えられずに自殺を選んだ。こうしてイラクでの体験は元兵士と彼の家族をむしばみ、追いつめていく。
ワシントンの陸軍総省では、自殺防止会議が軍の首脳によって毎月開催されている。すべての自殺者の仔細な報告が上げられて検討されている。しかし、どれほど検討を重ねても自殺者は増え続けている。巨費を投じた大規模な医療設備は収容者であふれているが、治療を要する者を収容しきれないし、自殺を止められない。有効な治療法を見いだせない軍首脳と医療関係者の焦燥感は募るばかりである。元兵士の苦悩は自ら体験した戦場での残虐さがもたらしたことは明らかである。しかし、海外での戦争を止められないアメリカにとって精神を病む兵士も帰還兵の自殺数も減ることはない。そして、いまや自殺者数が戦死者数を追い越しているのだ。アメリカが戦争を止めるまで自殺者の数は伸び続けるであろう。
綿密な調査と取材で著者は、「戦後」に苦しむ元兵士と家族、医療関係者、軍首脳の姿を浮かび上がらせる。著者の意見や予断、感情をいささかも交えず、事実を積み重ねていく描写はリアリティにあふれ、トル―マン・カポーティの「冷血」を思わせるほどだ。著者はアメリカの起こした戦争に対して1行も批判がましいことを記していない。しかし、元兵士と家族の苦悩を知った読者の視線はそれをもたらした戦争へと向かわざるを得ない。「戦争こそが人を狂わせるのではないか?」「代償はあまりに大きすぎないか?」「そもそも正しい戦争だったのか?」この問いかけこそ著者が本書で意図したことではなかったか、と私は思い至ったのだ。本書は2013年度全米批評家協会賞の最終候補作であり、アメリカの有力各紙における「2013年度ベストブック」に選ばれているノンフィクションの傑作である。
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本書で扱われる帰還兵士たちのPTSDなどは、21世紀におけるアフガニスタンやイラク戦争に端を発したものだが、彼らを救う側に立つフレッド・ガスマンの過去に触れた部分で、彼の父が第二次世界大戦に従軍した後、本書の帰還兵士たちと同じように衝動的な暴力をふるったことが書かれている。テール・マハリッジの『日本兵を殺した父: ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦と元兵士たち』にも、太平洋戦争への従軍経験が兵士たちにもたらした心の傷があったこと、それが長い間、兵士だけでなく家族までも苦しめたことが書かれている。アメリカ国内でも、圧倒的に正義の戦争と見なされる第二次世界大戦(太平洋戦争)であってもそうなのだから、ヴェトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン・イラク戦争など、その「大義」に疑問がある場合は、兵士たちの苦しみが深くなることなど、簡単に想像できる。要するに、戦争そのものが問題だということがよく分かる。また、この苦しみは、現場、特に前線に立つ兵士たちに襲いかかり、本書でも触れられているように、家族にも深い傷をもたらす。
そして、「訳者あとがき」で、イラク戦争に派遣された自衛隊員のケースにも触れられているが、日本の問題にもなってきている。対岸の火事ではないということだ。そして、家族や友人も巻き込まれざるを得ない。
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本書の主人公たちは自殺には至らないものの、日々のくらしは思うようにならず、重苦しい。別人のようになって帰ってきた夫、父親を迎える家族も悲惨だ。4人に3人は帰還後も人格に変容をきたすことなく通常の生活に戻れるが、4人にひとりは目の前で友人が爆死したり、自ら頭蓋内に障害を受けたりして、戦争が終わっても、ずっとその「後遺症」から抜け出せない。
本書のテーマからは外れるかもしれないが、いちばん気になったのは志願兵の大半は貧困層出身の若者だということ。冷戦後のアメリカの戦争は、タテマエでは正義をいいつつ、ホンネは大量消費のための戦争のようにみえる。本書には軍産共同体の記述は一切ない。が、そう考えるにつけ、本書の主人公たちは資本主義というシステムの犠牲者なのだと思う。
日本にはまだ、兵器の在庫整理のために戦争をプロデュースするような会社はないが、昨今の武器輸出解禁、海外派兵解禁という流れをみるにつけ、アメリカの「いま」はそう遠くはない日本の未来なんだろう。