中国・新型コロナ「遺伝子情報」封じ込めの衝撃 武漢「初動対応」の実態、1万3000字リポート中国・新型コロナ「遺伝子情報」封じ込めの衝撃 武漢「初動対応」の実態、1万3000字リポート「財新」取材班

採録
“中国・新型コロナ「遺伝子情報」封じ込めの衝撃
武漢「初動対応」の実態、1万3000字リポート
中国の独立系メディア「財新」の取材班は新型コロナウイルスの感染拡大期に、武漢で何が起きていたかを突き止めた。昨年12月末に実施されていた新型コロナウイルスの遺伝子解析の結果はなぜ早期に対外公表されなかったのか?? その全容を1万3000字超の長編記事にまとめた。これは「財新」渾身の調査報道だ。
2月24日までに2660人以上の死者と7万7000人以上の感染者を発生させた新型コロナウイルス。過去をさかのぼって追跡すると、SARS(重症急性呼吸器症候群)に近いこのウイルスはいつ発見されたのだろうか? 財新の取材班が多くのインタビューを行い、また関連する論文やデータベースの資料による裏付けを整理して情報のパズルを組み立てると、その全容が少しずつ明らかになってきた。
本記事は「財新」の提供記事です
種々の証拠が示している通り、昨年12月末までに、少なくとも9人の原因不明の肺炎患者の検体サンプルが武漢の各病院から集められていた。検体サンプルの遺伝子配列によれば病原体はSARSコロナウイルスの一種で、この検査結果は続々と病院にフィードバックされ、衛生健康委員会と疾病管理センターへと報告されていた。
1月9日には中国中央テレビ(CCTV)において、「武漢ウイルス性肺炎病原検査結果の暫定評価専門家チーム」が病原体を「新型コロナウイルス」であると正式に発表したことが報道された。
12月27日には最初の解析結果が報告
2019年12月15日、華南海鮮市場(訳注:当初、感染源と見られていた武漢の市場)で配達員として働く65歳の男性が発熱した。12月18日、彼は武漢市中心医院本院の緊急外来を受診した。医師は市中肺炎ではないかと疑い、患者を当該病院の救急科病室に入院させた。市中肺炎とは細菌やウイルス、クラミジア、マイコプラズマなど多くの微生物によって引き起こされる肺炎の総称だ。主な症状はせきと胸の痛みである。
12月22日、この患者は病状が悪化し、集中治療室(ICU)に収容された。医師は各種の抗生物質を使用して治療に当たったが効果が見られなかった。武漢市中心医院呼吸内科の主任である趙蘇医師によれば、12月24日、呼吸内科の副主任を務める医師がこの患者に対して内視鏡による気管組織のサンプル採取を行い、患者の肺胞の洗浄液サンプルを第三者検査機関である広州微遠基因科技(ビジョンメディカルズ)に送ってNGS(次世代シーケンサー訳注:遺伝情報の解析で基本的な作業となる塩基配列の読み取りを高速に行う装置)による解析を依頼したという。
ビジョンメディカルズは、2018年6月創立。その人材募集要項によれば、腫瘍学と感染病原学における精密医療に力を注いでおり、次世代シーケンサー技術を擁する。
「華大基因(訳注:BGI、深?証券取引所に上場するゲノム解析の大手)が遺伝子解析技術で起業して以来、国内では大小さまざまな遺伝子配列の解析企業が数多く生まれました。ここ数年、私たちは各種の医学検討会において、次世代シーケンサー技術についての紹介を絶え間なく受けています。これらの企業が医薬情報担当者(MR)を大病院に派遣してプロモーションを行うのです」と、趙蘇は財新記者に対して述べた。
もう1人、武漢協和医院の医師も次のように述べている。「1回の測定で600万個の塩基配列を解析して3000元(訳注:日本円で約4.6万円)です。この3000元で病原体がいったいどんなウイルスまたは細菌なのかを調べることができ、患者の命を救えるかもしれないのです」。
一般的に、遺伝子配列の解析企業は3日後、(今回の場合は)つまり12月27日には解析結果を提出する。しかし、ビジョンメディカルズは書面での報告書を提出しなかった。「彼らは電話で知らせてきただけです。新しい種類のコロナウイルスだと」。趙蘇はそう話した。このとき、この患者はすでに、12月25日に武漢同済医院へと転院していた。
2020年2月21日、この症例の遺伝子配列の解析情報が、ビジョンメディカルズの微信(WeChat)アカウント「微遠基因」で公開された。この文章の中には、1月27日に『中華医学ジャーナル』(英文版)で発表された論文で新型コロナウイルス発見の顛末が紹介されていることと、ビジョンメディカルズが新型コロナウイルスの早期発見に携わったことが書かれている。
新型肺炎 中国現地リポート「疫病都市」を無料公開中です(画像をクリックすると週刊東洋経済プラス緊急リポートのページにジャンプします)
この論文とは、1月29日に発表された「人の重症肺炎を引き起こす新型コロナウイルスを特定:ある記述性の研究」を指している。
共同執筆者たちは、中国医学科学院/北京協和医学院病原生物学研究所(以下、中国医学科学院病原所)、中日友好医院、湖北省疾病管理センター、湖北省武漢市金銀潭医院、武漢市中心医院、ビジョンメディカルズなどに所属している。
ビジョンメディカルズのCTO(最高技術責任者)である許騰がこの論文の筆頭執筆者だ。他にも、ビジョンメディカルズのCEO(最高経営責任者)である李永軍とCOO(最高執行責任者)である王小鋭も共同執筆者として名を連ねている。李永軍はかつて中国医学科学院病原所で生物情報のアナリストを務めていた。
この論文によれば、研究者たちは武漢市金銀潭医院の重症肺炎患者5人の臨床データと気管支肺胞の洗浄液サンプルを収集し、メタゲノム解析(訳注:従来手法では検出できなかった細菌を検出する解析技術)ができる次世代シーケンサー(mNGS)による解析を行った。その結果、これらのサンプルのすべてにおいて、これまでに報告されたことのない、SARSウイルスとの塩基配列の類似度が79%に上るコロナウイルスを発見したのだ。
論文の中では、この5人の患者のサンプルの中で、最も早く遺伝子配列の解析が行われた臨床サンプルが、12月24日に採集された65歳の患者のものだったことが示されている。この患者は12月15日に発症し、症状としては高い発熱、せき、少々の痰が見られた。18日に入院し、12月22日には集中治療室に収容され、16日間が経過後も高い発熱が続き、重度の呼吸困難に陥ったとのことだ。
「特別な意味を持った病原体がサンプルに」
この情報と同じく高度に符合するのは、WeChatアカウント「小山狗」が1月28日に公開した「最初に新型コロナウイルスが発見された経緯を書いてみる」という文章だ。筆者はコメント欄で、広東省広州市黄埔にある民間企業に務めていると述べている。
この投稿にはこう書かれている。「2019年12月26日、出社してすぐに、いつもと同じようにここ1日の病原微生物のmNGS自動解析結果をざっと閲覧した。意外なことに、ある1つのサンプルでセンシティブな病原体が報告されているーーSARSコロナウイルスだ。数十本の遺伝子配列がある中で、このサンプルにだけこんな特別な意味を持った病原体があるのだ。頭と心が瞬時に緊張した」
「バックエンドですぐに詳細な分析データを調べてみると、類似度はそれほど高くなく、約94.5%というところだった。解析結果の信頼性を確認するために、詳細な分析を開始する。探索バージョンの分析結果はこの病原体がBat SARS like coronavirus(コウモリ由来のSARS類似のコロナウイルス)に近いことを示していて、全体的な類似度は87%くらい。そしてSARSとの類似度は約81%だった」
この文章の筆者は、該当する患者のサンプルが採集された日付が12月24日であったことも明らかにしている。文章の中で次のように述べている。
「フロントエンドからこの患者が重症であることが知らされ、すぐに解析結果が必要だと言われた。だが、こんな重大な病原体については決して軽々しく報告することはできない。正午になって数人の幹部が緊急会議を開き、詳しい分析を継続し、報告の提出を遅らせるとともに、データを中国医学科学院病原所にも送って分析してもらうことを決定した」
中国医学科学院病原所とは、前述の「中華医学ジャーナル」(英文版)の論文の共同執筆者の所属機関の1つであり、ビジョンメディカルズのCEOである李永軍はかつて同所に務めていた。当時の直属の上司である中国医学科学院の院長は中国工程院の副院長・王辰だ。
12月27日、当該実験室はウイルスの完全な遺伝子配列に近いモデルを組み立て、同時にそのデータを中国医学科学院病原所へと送った。「基本的に、この患者のサンプル内には確かにBat SARS like coronavirusである新型ウイルスが存在していることを確認した」と「小山狗」の文章には書かれている。
「当時得られていた情報では、この患者は地方の実家に戻ったことがあり、コウモリに接触した可能性を排除できなかった。問題の潜在的な深刻さを認識する。実験室の全面的な洗浄と消毒を実施し、サンプルを無害化して廃棄。実験に関わったスタッフに対して関連するモニタリングを行う。正午前には病院の医師にも知らされ、患者も隔離された」
「この新型コロナウイルスを最初に発見したのはわれわれだろう」。「小山狗」はその文章の一文でGISAIDのスクリーンショットを載せてそう述べている。「GISAIDデータベースに提出されたデータを見れば、サンプルを収集した時間が最も早いのはわれわれだ」と。
GISAIDは世界的なインフルエンザウイルスのデータ共有プラットフォームで、科学研究に携わる研究者たちは登録をした後、自分が解析したウイルスの遺伝子配列をアップロードすることができる。それぞれのウイルスには独自のコードが付与され、採集日時、提出日時、提出した実験室などの情報もすべて記録される。
財新の取材班は当該データベースを精査。サンプルの採集時間に基づけば、GISAIDで最も早い新型コロナウイルスの遺伝子配列は2019年12月24日に採集され、中国医学科学院病原所により1月11日にアップロードされたものであることがわかった。コードと名称などから、これがすなわち「小山狗」の投稿に載せられたスクリーンショットの中に表記されている、彼らの会社が解析に関与したサンプルの遺伝子配列であることがわかる。
この文章はさらに、12月27日、28日に当該企業の幹部が病院や疾病管理センターの一部門と電話で話し、29日、30日には自ら武漢を訪れて、病院と疾病管理センターの幹部に面会し、解析結果を報告して意見を交わしたことを明らかにしている。
報告した解析結果には「われわれと医学科学院病原所のすべての解析結果が含まれている。すべては緊張した秘密保持下の厳格な調査の中で行われた(このとき、病院と疾病管理センターの担当者はすでにたくさんの類似症例の患者がいることを知っており、われわれが解析結果を伝えた後、緊急的な処置を開始していた)」
すでに述べた最も早く遺伝子配列が解析されたサンプルの患者は、その後、金銀潭医院にて治療のかいなく亡くなっている。この12月27日にすでに新しく発見されていたウイルスについての研究成果は、その当時、何の効果ももたらすことはなかった。
解析結果は「SARSコロナウイルス」?
実際には、最初期のこの症例のほかにも、2019年12月末までに、武漢市中心医院からはさらに2つの「原因不明の肺炎」患者のサンプルがそれぞれ異なる検査機関に送られ、遺伝子配列の解析が実施されていた。この2つのサンプルの解析結果は、それぞれ異なる経路を通して、公開の場で、今回の感染拡大に対する重大な影響を及ぼした。
12月27日、陳と名乗る41歳の男性が武漢市中心医院の南京路分院で受診した。「彼は会計士で、家は(武漢市の)武昌にあり漢口の華南海鮮市場には一度も行ったことがありません。12月16日頃から原因のはっきりしない発熱が始まり、最高体温は39.5度に。動悸と胸の痛み、動いた後の呼吸困難が見られ、体力が明らかに低下していました。まず12月22日に江夏区の第一人民医院を受診しましたが、よくなりませんでした」
趙蘇が財新の取材に対して明らかにしたところによると、「彼は私たちの病院の医師の知り合いで、27日に私たちの病院にやって来て、救急科に入院しました」。12月27日の夕方、当該病院呼吸器科の集中治療室で、この患者に対する内視鏡による気管支組織のサンプル採取が行われ、このサンプルは次世代型シーケンシング技術を持つ別の企業、北京博奥医学検験所に送られた。
12月30日、北京博奥医学検験所はこの患者の解析結果を医師に報告した。解析結果はまさに「SARS coronavirus(SARSコロナウイルス)」であるというものだった。
財新の取材班が入手した解析結果の中では、SARSコロナウイルスについて次のように説明されている。「このウイルスの感染経路は近距離の飛沫感染または患者の気道から出た分泌物との接触によるものであり、明らかな伝染性を備えている。多くの臓器系統に負担をかける特殊な肺炎を引き起こすものであり、この肺炎はSARSとも呼ばれている」
「彼らの遺伝子データベースは不完全で、おそらく再検査も行っていません。だから小さなミスを犯したのでしょう。実際にはSARSではありません。これは新型のコロナウイルスです」。遺伝子配列解析の専門家が財新の取材班にそう教えてくれた。
しかし、この小さなミスを含んだ解析結果が、すぐに武漢の医師たちの注目を集め、ソーシャルメディアを通して大衆に対する警鐘を鳴らした。そして、多くの人々の生命を救うものとなったのだ。
3人の医師は警察に訓戒を受けた
12月30日、北京博奥医学検験所の解析結果が武漢市中心医院の医師たちのWeChatグループチャットの中に現れた。当日の夕方17時48分、武漢市中心医院の眼科医であった李文亮が同期生のグループチャットで次のような情報を発信している。
「華南海鮮市場で7つのSARS症例が発生し、私たちの病院の救急科で隔離されている」
19時39分、武漢市赤十字医院の神経内科医である劉文は仕事用のWeChatグループチャット「協和紅会神内」で、次のように投稿した。
「たった今、第二医院(武漢市中心医院)の後湖分院で、コロナ感染性ウイルス肺炎の症例が見つかった。華南の周辺は隔離されるかもしれない」「SARSと基本的に確定、看護師たちは野次馬で見に行ったりしないこと」
20時48分、武漢協和医院腫瘍センターの医師である謝琳?は、腫瘍センターのWeChatグループチャットで次のような情報を発信した。
「しばらく華南海鮮市場には近づいちゃダメ。現在でも原因不明の肺炎患者(SARSに似ている)がたくさん発生している。今日、私たちの病院は華南海鮮市場の肺炎患者をすでに何人も収容した。マスクをつけて、部屋の換気に注意しよう」??この3人の医師は全員、この後、警察による訓戒を受けることになった。
当日、はるか遠くの広州市黄埔にいた「小山狗」の筆者はこうした情報を知り、次のように書いている。
「12月30日までに耳に入った類似症状の患者はほかにもたくさんいる。また神経がすぐにピンと張りつめてきた。たぶん30日の午後だろう、同業他社がほかの患者のサンプル中に同じ種類のウイルスを発見したようだ。でも彼らはストレートにSARSコロナウイルスを発見したと報告してしまったので、瞬時に情報の爆発的な伝播を引き起こした……この同業他社は遺伝子配列を私たちにも送ってくれたが、分析してみると、確かに(自社で以前に解析したのと)同じ種類のウイルスだった! 潜在意識の中に浮かび上がった最初の考えは『このウイルスには感染性がある』だった!」
李文亮たちが開けた事実を覆うふたは、企業による遺伝子解析という1本のストーリーを、臨床医師による警告というもう1本のストーリーと交わらせた。武漢市中心医院の医師たちは絶え間なく出現するウイルス性肺炎患者に対する通常の治療を行ったものの効果がなく、遺伝子配列の解析企業に答えを得るべく望みを託した。
それと時を同じくして、華南海鮮市場に隣接している湖北省新華医院の呼吸および重症医学科主任である張継は、12月26日、4人の原因不明の肺炎症例を診察した。張継は12月27日に4人の「原因不明のウイルス性肺炎」を病院に報告し、病院はそれを江漢区の疾病管理センターに報告した。
12月28日から29日に、新華医院はさらに3人の華南海鮮市場で発症した患者を収容したが、この3人もウイルス性肺炎と似た症状を持っていた。『武漢晩報』など後の報道によれば、12月29日の午後1時、新華医院の副院長である夏文広が10人の専門家たちを集めて、これら7つの症例を検討した。専門家たちは異常な状況であるとの考えで一致し、夏文広が直接、省と市の衛生健康委員会疾病予防管理所を訪れて報告を行った。
同日、報告を行った機関には、さらに武漢市中心医院の公共衛生科がある。当日午後、湖北省と武漢市の衛生健康委員会疾病予防管理所は、省と市、区の3つの疾病管理センターに対して通知を行い、新華医院と武漢市中心医院の後湖分院において、海鮮市場と関係のある原因不明の肺炎患者がたくさん収容されていることを知らせ、緊急に対応処置を取ることを要求した。
湖北省と武漢市の疾病管理センターは、江漢区や?口区、東西湖区の疾病管理センターと共に疫学調査を開始した。武漢市金銀潭医院の業務副院長である黄朝林らが新華医院を訪れて6人の患者を引き取った。武漢市同済医院もすでに述べた市中心医院で最初の遺伝子配列を解析した患者を金銀潭医院へと転院させた。
12月30日、省・市・区の疾病管理センターは「病院から報告された華南海鮮市場での多数の肺炎症例の状況調査と処置報告」を作成した。同日、武漢市衛生健康委員会は内部に対して通知を行い、武漢市の多くの医療機関で原因不明の肺炎症例がたしかに続々と出現していることを知らせ、また華南海鮮市場と連携して、各医療機関に対してここ1週間の間に類似した特徴を持つ原因不明の肺炎患者を診察したかどうかを報告するよう要求した。
こうして、張継の粘り強い報告が武漢市衛生健康委員会を動かし、「原因不明の肺炎を治療するための緊急通知」が公布された。この通知がネット上で瞬く間に広まり、遺伝子配列の解析結果を見た李文亮ら医師たちのWeChatにおける警告と一緒になって、武漢を発端とするこの感染拡大の情報を外部の世界へと最初に伝えるものとなったのである。
武漢から上海へサンプルを送付
武漢市中心医院のもう1つの症例サンプルは同様に華南海鮮市場に隣接する後湖分院から送られてきており、患者はその1日前に入院し治療を開始していた。患者の名字は同じく陳であり、福建省泉州に籍を置く41歳の海鮮市場の個人経営者だ。12月20日に寒気を感じた後、40度の発熱、気怠さ、せきと痰、息切れなどの症状が出始めた。
12月26日に武漢市中心医院後湖分院に「発熱の原因検査と肺の感染」という名目で入院し、12月30日に気管支鏡によるサンプリングが行われ、気管洗浄液のサンプルを1つ多く残しマイナス80度の冷蔵庫に保存した。
「サンプルを1つ多く残したのは、われわれが復旦大学附属上海市公共衛生臨床センター(以下、上海公衛センター)、武漢市疾病管理センターなどと共同で国家の重要な科学技術プログラムである“中国主要自然伝染病ウイルス資源”というプロジェクトに取り組んでいるからだ。この協力関係はすでに5年間続いている。武漢市疾病管理センターは華中区域の臨床サンプルと環境検体の採集作業を担っており、それらを定期的に上海公衛センターへ送付し病原体の検査を行っている」。武漢中心医院呼吸内科の趙蘇はこう語る。
12月30日午後、サンプルが武漢市疾病管理センターの主任医師の手に渡った。1月2日、センターの別の研究員がサンプルをドライアイスとアルミの箱、発泡スチロールを使用して何重にも包み、その他の動物の標本と一緒に鉄道の運送システムを利用して上海へ送付した。1月3日、上海公衛センターの張永振教授のチームがサンプルを受け取った。
このセンターは復旦大学に附属しているが、張教授自身は中国疾病管理センター感染病予防管理所の研究員であり、復旦大学生物医学研究院および上海公衛センターの教授も兼職している。さらにここ数年は人獣共通感染症や中国主要自然伝染病ウイルス資源の調査等の研究業務にも従事している。
1月5日早朝、張永振教授の研究チームはサンプルの中から新型コロナウイルスを検出し、さらにハイスループットシーケンサー(訳注:高速の次世代DNAシーケンサー)を通じて当該ウイルスの全遺伝子配列を入手した。その後シーケンサーのデータが表した系統樹(訳注:遺伝子の共通祖先までさかのぼった分岐図)に照らし合わせ、武漢の新型コロナウイルスが歴史上確認されたことがないものであると実証された。
上海公衛センターは当日すぐさま上海市衛生健康委員会や国家衛生健康委員会等の主管部門に報告を行った。同時に新型ウイルスとSARSは発生源が同じであり、すでに呼吸器からの感染を起こしている可能性があることを伝え、公共施設での適切な防疫措置を行うよう進言した。1月6日、中国疾病センター内部で二級緊急対応が開始された。
上海公衛センターの研究員は財新記者にこう話す。「われわれは通常の研究を行っている際に偶然ウイルスを発見し、事の重大さからすぐさま上への報告を行った」
3つのサンプルで新型コロナウイルスを確認
財新の取材班は広州のビジョンメディカルズと北京博奥医学検験所がほぼ同時に、さらにいくつかの遺伝子シーケンス企業が武漢の医院から原因不明の肺炎の症例サンプルを入手しているのを確認した。この中には、12月26日に武漢の現地の医院から遺伝子シーケンスを委託された「業界を牽引する一流機関」であるBGI(深?証券取引所に上場するゲノム解析の大手)も含まれている。
12月29日、BGIが当該症例のサンプルに対して行った遺伝子シーケンス検査の結果によると、ウイルスとSARSの遺伝子配列の類似度は80%に達している。しかしSARSではなく、これまで確認されたことのないコロナウイルスであることがわかった。BGIはさらにSARS検査キットを使用し検査を行ったが陰性との結果が出て再度SARSであることが否定された。
BGIの関係者は財新の取材に対し、彼らが12月末に原因不明のウイルス性肺炎の患者のサンプルに対しシーケンス検査を行ったときは、このウイルスが臨床上すでに多くの人に感染していたこと、さらにすでに家庭での集団感染が起こっていたことは知らなかったと話している。
「われわれは遺伝子シーケンス検査を行う会社であり、毎日多くの検査委託を受けている。それゆえ大量のウイルスに接しているので新種のウイルスを発見することも多い。コロナウイルスは種類が多いが、これまでSARSを含めても人と関係があったコロナウイルスは6つのみで、その中でも人への感染力が強いものはSARSとMERS(中東呼吸器症候群)だけだった。また、当時はわれわれもこのウイルスが”良性”なのか”悪性”なのかまったくわからなかった」
BGIと武漢の現地の医院は長年の協力関係を持っており、財新の調査によれば、武漢の医院は2019年12月に少なくとも30を超える感染の疑いのある肺炎患者のサンプルをBGIに送付し、シーケンス検査の委託をしている。研究所はその中から全部で3つのサンプルが新型コロナウイルスに感染し肺炎を引き起こしていることを確認した。
12月26日の1例のほか、残りの2つのサンプルは12月29日と30日にそれぞれ入手している。彼らはこれら3つのSARSに分類されるコロナウイルスを混合し、ウイルス遺伝子配列を合わせて混合ウイルス遺伝子配列を作った。1月1日、3つのサンプルの検査結果が武漢市衛生健康委員会に報告される。1月3日、BGIが3つのサンプル中のウイルスに対し高深度の全遺伝子配列シーケンス検査を実施した。
財新の調査によると、2020年1月19日までにGISAIDのプラットフォームには、全部で13のサンプルの新型コロナウイルス遺伝子配列がアップロードされている。日本とタイからの3つを除けば、残りの10個の遺伝子配列はすべて中国の研究機関がアップロードしたものだ。サンプルの採集時期から見ると、最も早くアップロードされたのは前述の2019年12月24日に採集された中国医学科学院病原所によるものだ。
また8つのサンプルは12月30日に採集されており、それぞれ武漢市金銀潭医院と湖北省疾病管理センター(1つ)、金銀潭医院と中国科学院武漢ウイルス研究所(5つ)、中国疾病管理センター感染病予防管理所(2つ)となっている。このほか、中国疾病管理センターウイルス予防管理所は2020年1月1日に採集したサンプルの遺伝子配列もアップロードしている。
『湖北日報』の報道によると、12月30日当日、金銀潭医院の張定宇院長が、当該医院で最も早く治療を開始した7人の患者の気管支肺胞洗浄液を採集し、中国科学院武漢ウイルス研究所に送付し検査を行っている。
業界内の平均検査周期が3日であること考えると、1月2日ごろまでには前述の12月30日に採集された8つのサンプルの遺伝子シーケンス検査結果は出ていたはずだ。
中国科学院武漢ウイルス研究所は公開文『武漢ウイルス研究所が全力で新型コロナウイルス肺炎の科学研究を展開』の中で、「12月30日夜、ウイルス研究所は金銀潭医院から送付された原因不明の肺炎のサンプルを受け取って72時間にわたる検査を行い、2020年1月2日に新型コロナウイルスの全遺伝子配列であると確定し、1月11日にGISAIDにアップロードした」と発表した。
前述の『中華医学ジャーナル』(英語版)で発表された論文でも2019年12月24日から2020年1月1日までの9日間で、5人の患者の肺胞洗浄液サンプルが採集され検査と分析に回された旨が記されている。またこの5人の内2人は華南海鮮市場との接触歴がなかった。
最終的に「新型」コロナウイルスと確認
5人の患者の内、前述の65歳の患者のサンプルを除く3人の患者のサンプルの採集時間は2019年12月30日であった。その中の2番目の患者は華南海鮮市場で働く49歳の女性で、12月22日に発熱とせきが出始め、5日後に呼吸困難が起こったため入院し、12月29日に集中治療室に入った。3番目の患者も同様に女性で52歳、12月22日に発病し29日に入院。しかし彼女には海鮮市場との接触歴はなかった。
4番目の患者は41歳男性で、12月16日に発熱とせきが出始め22日に入院した。この男性も海鮮市場との関連はなく、前述の武漢市中心医院で診断を受けた武昌の会計士だということがわかる。5番目の患者の肺胞洗浄液サンプルは2020年1月1日に採集された。
彼は華南海鮮市場で働く61歳の男性で、慢性の肝臓病と腹膜偽粘液腫(訳注:腹腔内に広範囲にゼラチン様物質が貯留した疾患)の持病を持っており、発熱、せき、呼吸困難の症状が7日間続いた後、現地の病院に入院した。1月2日にECMO(訳注:人工肺)を用いての救命措置を開始したが病状が回復せず死亡した。
当該論文は「ある種の新型コロナウイルスはこのように実験室で識別され、SARSウイルスの塩基配列との類似度が79%に達しており、組織の発育において最も類似しているのがコウモリの持つSARSに分類されるコロナウイルスであったが、単独進化分岐のβコロナウイルス属の遺伝子配列を形成していた。ウイルスを分離しての形態の確認と血清学的検査を行った後、最終的に当該病原体が一種の新型コロナウイルスであることが確認された」としている。
2019年12月末から今年の1月初旬の数日間を振り返ると、この時期が多くの人々の運命を決定づける重要な時期だった。しかしこのときは、誰もこのウイルスが引き起こす深刻な事態を知る由もなかった。
ある遺伝子シーケンス企業の関係者は、2020年1月1日に湖北省衛生健康委員会の役人から電話を受け、「新型コロナウイルス肺炎の患者のサンプルを受け取っている場合でも、以後は検査を行ってはならないこと」や、「すでにあるサンプルも破棄しなければならず、サンプル情報を外部へ漏らすことも禁止で、かつ関連する論文やデータを発表してはならない等の通知を受けた」と話す。「もし今後あなた方が検査を行った場合は、必ずわれわれに報告を行うように」とのことだった。
1月3日、国家衛生健康委員会の弁公庁(事務機構)は、『重大突発感染病予防管理作業における生物サンプル資源および関連する科学研究活動の管理作業の強化に関する通知』を発表した。
「みだりに情報を外部に公表してはならない」
この通知(国衛弁科教函(2020))の第3号文では、「武漢肺炎の症例サンプルについては、現在までに把握しているウイルスの特徴や感染性、病原性、臨床データ等の情報を鑑み、ウイルスの情報が明確になるまでは高病原性病原微生物(第2類)として管理すること」、「関連するサンプルの輸送に関しても旧衛生部『人類への感染可能性のある高病原性病原微生物菌(ウイルス)類またはサンプルの輸送管理規定』の要求に従い実施すること」、「病原体に関する実験等も、相応の防護体制が整っている生物安全実験室等で行うこと」等が規定されている。
第3号文にはさらに「各関係機関は省級以上の衛生健康行政部門の要求に従い、指定の病原体検査機関に生物サンプルの提供を行い、病原菌検査を行い適切な引き継ぎ作業を完了させること」、「許可を得ずに、みだりにその他の機関や個人に生物サンプルおよび関連情報を提供してはならない」、「すでに関連の医療衛生機関から患者の生物サンプルを取得した機関および個人は、当該サンプルを現地で破棄するか国家指定の保存機関に送付しなければならない。また関連の実験記録および実験結果の情報を適切に保管しなければならない」。
また「感染症対策が行われている期間、各機関は病原体検査の任務により生じた情報が特殊公共リソースであることに同意し、いかなる機関も個人もみだりに病原体検査や実験活動の結果に関連する情報などを外部に公表してはならない」、「関連する論文、成果の発表は委託部門の審査を受け、同意を得なければならない」等の規定が記されている。
どの機関が「指定病原体検査機関」に該当するのかについては文書では触れられていない。あるウイルス学者は中国科学院武漢ウイルス研究所すらも一度検査の停止を命じられ、そのうえで所持しているサンプルの破棄を求められたと話す。
「現行の『伝染病予防治療法』に従えば、伝染病に関し実験室で検査や診断、識別などを行うのは各級の疾病予防管理機関の法的責任であるが、国家と省級の疾病管理機関のみが伝染病の病原体に対し識別を行う権利を有し、その中に中国科学院武漢ウイルス研究所は入っていない。許可を得ていない民間の科学研究機関は言うまでもない」
おそらくこのため、12月30日にウイルスのサンプルを入手した中国科学院武漢ウイルス研究所は2020年1月1日にウイルスの分離を行い、1月2日にはウイルスの遺伝子シーケンス検査を完了させた。さらに1月5日にはウイルスの分離培養に成功し、1月9日に中国国家ウイルス資源庫に入庫および標準化保存を行った。
このことが意味しているのは昼夜を問わず行ってようやく完成させた研究業務について、遅々として対外的に公表を行わず、2月になって噂が囁かれ始めてようやく、わずかな説明を加えたということだ。
1月9日、中国中央テレビは中国疾病管理センターが中心となって「武漢ウイルス性肺炎病原体検査結果の専門家の初期評価」を行い、病原体が新型コロナウイルスであると確定したと報道した。
「2020年1月7日21時までに、実験室では一種の新型コロナウイルスを検出し、当該ウイルスの全遺伝子配列を入手した。その後、核酸増幅検査にて全部で15人の新型コロナウイルスの陽性患者を確認し、1例目の陽性患者のサンプルから当該ウイルスを分離し、電子顕微鏡で確認したところ典型的なコロナウイルスの形態をしていることがわかった」
1月11日、張永振の研究グループは当該ウイルスの遺伝資源情報を「ウイルス学組織」であるVirological.orgのサイトとGenBankにシェアし、世界で最も早く当該ウイルスの配列を公表したグループとなった。
誰が第一発見者か解明する必要はない
当日夜、国家衛生健康委員会は中国がWHO(世界保健機関)と新型コロナウイルスの遺伝子配列情報を共有すると発表した。翌日、5つの別々の患者のウイルス遺伝子配列が国家衛生健康委員会の指導者組織により、GISAID上に発表された。これらWHOに共有された新型コロナウイルスの遺伝子配列情報はいったいどこから来たのだろうか?
中国疾病管理センターの主任・高福は財新の取材にこう答える。「その遺伝子配列は3つの機関から来たものだ。中国疾病管理センター、中国医学科学院および中国科学院の3者が協力し共有を行った」
この中国の情報提供に対し、WHOは「すでに中国国家衛生健康委員会から症例を検査し解析した新型コロナウイルスの遺伝子配列情報等を含む、武漢の原因不明ウイルス性肺炎に関する詳細な情報を受け取った。これはその他の国家が特別な検査キットを開発するために非常に意義のあることだ」と表明した。
この際、誰が(新型コロナウイルスの)第一発見者なのか解明する必要はない。それは第一感染者の遺伝子シーケンス検査により新型コロナウイルスが確認されてから、すでに15日もの時間が過ぎているからだ。
1月11日、情報の更新を長く停止していた武漢衛生健康委員会は通達にて初めて「原因不明のウイルス性肺炎」から「新型コロナウイルスの感染による肺炎」と名称を変更し、2020年1月10日24時までに初歩的な診断で41人の新型コロナウイルス肺炎患者が確認されたことを明らかにした。
同日、湖北省の“両会”(訳注:中国の重要な政治会議)が開かれた。この両会は1月17日まで続いたが、(この期間に)感染者数は増加していない。(敬称略)
(財新記者:高昱 彭岩鋒 楊睿 馮禹丁 馬丹萌)
※原文は2月26日現地時間22:10に配信
翌27日夜に削除され現在は非公開