これが焼夷弾であった

以下は高校教科書『新日本史』(家永三郎著)に採録された小野さんの手記の一部。
 「突然、頭上で異様な音がした。ちょうど夕立を思わせるザザーッという音である。ふり仰ぐと、小さな十文字が三つずつ、群をなして煙の間に現れ、煙の中に消える。『これが敵機の編隊だな』と思う。間もなくアスファルトの道路に沢山の筒状のものが、重そうにボトン、ボトンと落ち始めた」
 「ドロドロと何か液体を吐きちらす。吐き出されたその液体は、ドロリとしていて、コンクリートといわず、柱といわずへばりついて、アッという間に燃え出す。広い道路のあちこちに火の地図を描き出した。また、その不気味な液体は逃げゆくどこかの婦人の背中にもへばりつき燃え出し、何か叫んだように思えたが、そのまま道路にころがって助けよう術はない。あるいはまた、その液体は道路に流れ出し、とりもちのように、燃え出しもせず逃げ行く人々の足をとった」
 「およそ畳一枚に三本から五本位の密度であったと思う。これが焼夷弾であった」