「若いやつが、そんなに自分というものを持ってどうする。『空っぽの器』でいいじゃないか」

 エンターテインメントというのは、一言で言えば「自分は何もない」ということなんですよ。さっきあなたは良いことを言った。僕が「全部電通の方から言われたことを本にしました」と言ったら、「ずるい」と言ったじゃないですか。
 僕は2週間ぐらい前に、伊丹十三さんの『女たちよ!』を久しぶりに読みたくなって、本屋のすごく目立つところにあったのですぐに買って帰って読み直してみた。「彼らの年代にとっての見栄講座」みたいな本なんですね。
 伊丹十三さんは僕が本当に尊敬する映画監督なんだけど、「自分はパスタのアルデンテという茹で加減を知っていて、髪の毛一本ほどの芯を残して茹でるのが正しいということを知っている」とか、葉巻の火の点け方はこうだとか、パイプタバコを風の強い屋外で吸うとパイプの外側が冷えてしまうのでよくないとか、そういう前書きが2ページくらい書いてあるんです。
 自分はそういうことを誰それから聞いた、これは誰それから聞いた、これについては誰それがいちばんよく知っている、と書いてあって、でもいちばん最後に「ただ、これはすべて人から聞いたことで、じゃあ自分は何かと聞かれたら、それはただの空っぽの容れ物にすぎない」と書いてあって、それは僕の大好きな文章なんですが、それとまったく同じですね。
馬場康夫(ホイチョイ・プロダクションズ)トークライブ【後編】「若いやつが、そんなに自分というものを持ってどうする。『空っぽの器』でいいじゃないか」