アルファ碁が3連勝

米IT企業グーグル傘下の英グーグル・ディープマインド社が開発した囲碁の人工知能(AI)「アルファ碁」と、世界で最も強い棋士の一人、韓国の李世ドル(イセドル)九段(33)の第3局が12日午後、ソウル市内のホテルで行われ、アルファ碁が3連勝した。対局は15日まで全5局行われるが、2局を残してアルファ碁ログイン前の続きが勝ち越し、勝利を決めた。
 12日の対局は開始後4時間余りで、176手目の後に李九段が投了。李九段が2時間の持ち時間を使い切ったのに対し、アルファ碁は8分31秒を残していた。
 AIは1997年にチェスの世界王者、2013年には将棋のプロ棋士に勝利したが、囲碁はチェスや将棋に比べて終局までの手順が桁違いに多く、AIがプロに勝つには10年はかかると言われていた。アルファ碁は対局時に全ての手を検討するのではなく、過去の棋譜などをもとに自己学習を繰り返して強くなり、これを克服した。
 李九段は12日の対局後の記者会見で「どんな話をしていいか、分からない。無力な姿をさらして申し訳ない」と話した。対局が始まる前には「全勝する」と語っていたが、この日は「もう一度やっても、勝つことは難しい」とも述べた。
 ただ、アルファ碁の実力について「まだ完全な神の境地には到達していない。人間より優れていることを見せたが、明らかに弱点はある。今日の敗北は李世ドルの敗北であり、人間の敗北ではないのではないか」とも語った。
 一方、ディープマインド社のデミス・ハサビスCEO(最高経営責任者)は12日の記者会見で「李九段との対局は、アルファ碁の限界を学ぶためだった」と説明し、「完全ではなく、改善する余地がある」と話した。
 ■井山名人「大局観違う」
 「李世ドル(イセドル)九段が負けるはずがない」。そんな囲碁界の大方の予想を覆した人工知能「アルファ碁」の力量に、日本の第一人者・井山裕太名人(26)は「囲碁の長い歴史の中で、もしかしたら一番というくらいの棋士に勝ち越した。こんなに早く、これほどの実力で打てるようになるなんてショックです」と語った。
 井山名人が注目したのはアルファ碁の安定感と人間とは違う判断力だ。「正確無比とはいえないが、とにかく大きなミスが少ない。また、人間は直前に打った手など、石の流れで打つ手を決めたり、流れを感じながら形勢を判断したりする。一方、アルファ碁は流れにとらわれすぎない。大局観、形勢判断という部分が人間とは違うと感じた」
 囲碁でも人間を超えたのか。井山名人は「超えたと思われても仕方のない結果。僕自身は李九段が5連敗したら、そう判断します。残り2局に注目したい」。
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 囲碁の人工知能(AI)が、世界最強棋士の一人を相手に3連勝と強さを見せつけた。囲碁は碁石を置く点が多く、数あるゲームの中でも複雑で直感も必要とされてきた。「勝利は当分先」と言われたAIは、急速に実力をつけた。その特徴は、様々な棋譜を読んで「自ら学習する力」だ。
「インターネットから10万の棋譜を入力し、自己対局を3千万回やって学習した」
 今回、イ・セドル九段との対局を制したAI「アルファ碁」を開発した英グーグル・ディープマインド社のデミス・ハサビスCEOは11日、韓国・大田で講演し、アルファ碁の実力向上をこう振り返った。
 1997年にチェスの世界王者を破ったIBMのコンピューター「ディープブルー」との違いも語った。「ディープブルーは膨大な情報を処理したが、アルファ碁は選択した少数の情報だけを処理している。人間が直感で状況判断するように」
 AIにはこれまで、コンピューターの計算性能の向上を生かした「力業」で、先を読む方法が使われてきた。ある局面から終局までの手を多数計算し、勝率が高い手を選ぶ。だが、囲碁は終局までの手順が多く、計算が追いつかない。終局までの手順はチェスの10の120乗、将棋の10の220乗に対し、囲碁は10の360乗通りと言われる。
 ログイン前の続きアルファ碁は局面を読むのに、画像認識などで近年注目が集まる「ディープラーニング」という手法を使う。認識に必要な特徴を人が教えるのでなく、自ら気づくことができる。脳の神経回路網のように、数多くの分岐点をもつネットワークで認識する。各局面での勝率を予測したり、次の手を決定したりする。
 そして、局面に応じた最善の手を探る。そのために有段者らの過去の棋譜から打ち方を学び、さらにこのデータを使って自分同士で対戦してみることで知識を深めてきた。「強化学習」と呼ばれる手法で、囲碁の手順の多さを克服した。グーグルはこの可能性に注目し、技術を持つ英ディープマインド社を14年に買収した。
 アルファ碁の研究チームは今年1月の英科学誌ネイチャーで、中国の団体所属のプロ二段への勝利を発表。「勝つのは少なくとも10年後と言われていた」と成果を誇り、世界の研究者が驚いた。
 コンピュータ囲碁フォーラム会長の松原仁・公立はこだて未来大教授は「プロでも意図が分からない手を打っていた。囲碁でも人間を超えたと判断せざるをえない。人工知能にとっての有効な学習方法が示されたインパクトは大きい」と評価する。
 乗用車の自動運転など、AI技術の開発には多くの企業や研究者が力を注ぐ。可能性は未知数だが、手法次第で困難を克服できる可能性があることが今回の勝利で示されたことになる。東京大の松尾豊特任准教授は「短期間ですさまじいレベルアップを成し遂げた。今回の勝負の結果は、人工知能の学習能力の高さを改めて感じさせる結果だった。人間のように、複雑な行動を予測したり適切な段取りを決めたりして行動できる、人工知能の開発がさらに進む可能性がある」と話している。
 人工知能については、多くの仕事が奪われる、人間を超える知能を持った機械が人類を脅かす、などと懸念する声もある。ハサビス氏は「ゲームは制限された環境で行われるもの。人間に取って代わる水準になるには相当な時間がかかる」としたうえで、人工知能は「倫理的に使われることが望ましい。技術は中立的だが、我々がどう使うかによって変わる」と語っている。(山崎啓介)
■接客や車
に広がる活用
 スマートフォンの音声応答機能やインターネットの検索エンジンから、工場での機械の制御、販売現場での人の流れの調査まで、AIは身近な場面で使われるようになった。企業や研究者は、アルファ碁のように経験を積み重ねる「学習するAI」の開発に力を入れている。
 「また来てくれたんですね。前に買ったスマホケースはどうでしたか」
 お店で客に声をかけるソフトバンクの人型ロボット「ペッパー」も、「学習するAI」を使った接客ロボットだ。今秋、マイクロソフトのシステムと組み合わせたサービスが始まり、客の年齢や性別を分析し、来店状況に応じた対応をするようになる。相手にあった商品を薦めたり、在庫がない商品の注文を受け付けたりできるようになる。
 相手にあった「おもてなし」ができるようになるといい、このところ人手不足に悩む比較的規模が小さい小売業などで活用が期待されそうだ。
 自動車メーカーやIT企業がしのぎを削る自動運転車の開発でも、こうした「学習するAI」の活用が進む。例えば車や人が入り乱れる交差点。センサーでとらえた情報をAIが学んで事故になる可能性を減らせば、より円滑に車を動かすことができる。