オラオラ系の「昭和型夫」に三行半を突きつける妻
さて先日、落語家でタレントのヨネスケさんの離婚が報じられましたが、これだけ大きな注目を集めたのは大方の第一感が「そりゃそうだよね」ではなく「まさか!?」だったからでしょう。「まさか」の理由はきっと「年齢」です。
ヨネスケさんは現在、67歳。40年近い結婚生活(報道によると39年と363日)にピリオドを打ったようです。確かに今は人生80年の時代です。とはいえ、40年もの間、お互いに辛抱してきたのに、今さら「もう我慢できない」なんて……外野の私たちからすれば、内野の内情はチンプンカンプンで首をかしげるばかりです。これはどういうことでしょうか?
例えば、昭和の時代に働き盛りだった夫のことを、ここでは「昭和型夫」と呼びましょう。昭和型夫は今流行りの「草食系」夫とは正反対です。具体的には、向上心が満々なので「妻よりかわいい子」がいれば平気で口説いたり、性格はオラオラ系なので「俺の金は俺の金。お前の金も俺の金」とばかりに家計の財布を握り、亭主関白の限りを尽くすので、家事育児は知らぬ存ぜぬということもあります。
?「昭和型夫」は一昔前のダメ亭主そのものですが、妻も妻で、すでにあきらめの境地に達しています。今さら離婚したところで、すでに古希(70歳)間近なら、残りの人生はせいぜい10年そこそこ。今までも我慢してきたのだし、無理に事を荒げるよりは、喜寿(80歳)まで我慢し続けるしかない。外野から見れば、そうやって惰性で結婚生活を続けるのだろうと思われがちです。それなのに当の本人は、どうして離婚に踏み切るのでしょうか?
?「昭和型夫」の妻は多くの場合、生涯ずっと専業主婦というケースが多いので、いざ離婚したところで、妻は自活することは厳しいのが実情です。ですから、母親は息子や娘の助けなしに離婚に踏み切ることは難しいのですが、一方で子どもの目に「両親の離婚」はどう映るのでしょうか?
両親の熟年離婚の「今さら感」に「とばっちり」と感じる子どもたち
両親の離婚が子どもにとって無害ならまだしも、必ずといって良いほど、大なり小なり迷惑を被り、負担を強いられ、心身ともに振り回されることになります。(母親への生活費の援助、父親との離婚交渉の代理、そして遺産相続の煩雑化など)なので、息子や娘にとっては、母親の離婚という決断は「わがまま」だと思い、離婚に伴う協力や援助、手伝いは「とばっちり」だと感じるケースも少なくないようです。
実際のところ、私のところには息子や娘が母親と連れ立って「両親の離婚」について相談しに来るケースが一定数、存在しますが、確かに母親は、離婚が周りにどのような影響を与えるのか思い至らないまま、離婚を決断するケースが多いという印象です。
これは熟年離婚が内包する「今さら感」が強ければ強いほど顕著なのですが、胸に秘める思惑は父、母、子で三者三様です。例えば、父親は突然の三行半でビックリ仰天、母親はとにかく一刻も早く離婚したい、そして子どもは……どうなのでしょうか?
前回は、私のところに来た相談実例をもとに、父親(勇さん、78歳)の入院中に、その隙を突いて、息子(圭介さん、46歳)が母親(美智子さん、76歳)を連れ出し、離婚前提の別居を実現したところまで息子目線で紹介しました。今回はその続きからです。
◆今回の離婚トラブル/両親の熟年離婚◆
・登場人物(仮名)藤谷勇(78歳)/年金受給者藤谷美智子(76歳)/専業主婦藤谷圭介(46歳)/勇・美智子夫婦の長男(一人息子)会社員で妻と娘(15歳)の3人家族
年金分割は可能だが、生活費が減った妻には損しかないのか?
美智子さんのように70歳を過ぎて離婚に踏み切ろうとするケースで、最初に突き当たる壁は「年金」です。夫が婚姻期間中に納めた厚生年金(共済年金)の最大2分の1を妻に付け替える制度を年金分割といいますが、この制度が始まったのは平成19年。
?「けしからん!夫に不満を持った妻が、一斉に離婚を切り出したらどうするんだ!!」
当時、各メディアはそういう具合に煽り立てたので、まだ記憶に新しいかもしれませんね。参考までに熟年離婚(同居期間35年以上の夫婦)の離婚件数は、年金分割の前後で横ばいに推移しており、(平成19年は5,507組、平成20年は5448組、平成21年は5874組。厚生労働省調べ)実際には「年金分割が始まったら三下り半を突きつけてやろう」と手ぐすね引いて待っていた妻は、メディアの思惑とは裏腹に、ほとんどいなかったようです。
ところで美智子さんのケースでは、勇さんが現役時代、税務署職員という国家公務員で、42年間にわたり共済年金を納めてきましたが、この共済年金が前述の年金分割の対象です。
夫婦どちらかが50歳以上の場合、国家公務員共済組合に申請すると、詳細な試算を作成してもらうことが可能です。この試算のことを「年金分割のための情報提供通知書」といいますが、試算の中身は「今すぐ離婚して、夫の共済年金の2分の1を妻に付け替えたら、具体的に夫の年金がいくら減り、妻の年金がいくら増えるのか」です。
離婚後の生活を設計する上で年金は必要不可欠ですので、私は美智子さんに上記の書類を申請するよう頼みました。そして共済組合から美智子さんのところに届いた書類によると、今回のケースでは毎月4万円の増減(夫→妻へ4万円)という結果でした。
美智子さんいわく、勇さんが倒れるまでの間、もらっていた生活費は毎月7万円だそう。つまり、離婚しなければ7万円、離婚すると4万円なので、その差はマイナス3万円。せっかく美智子さんの年金が毎月4万円増えても、勇さんからの月7万円の生活費を打ち切られると、結局のところ、離婚をお金で買うようなもの(毎月3万円の分割払い)ですが、これは本当に美智子さんが丸損する条件なのでしょうか?
?「とにかく離婚さえできれば、後はどうでもいい」
確かに美智子さんは最初から最後まで、そんなふうに後先を考えず自暴自棄な感じで振る舞っていましたが、目先のことを考えると年金<生活費でも、後先のことを考えると年金>生活費という具合に切り替わることが、話を進めるうちに分かってきました。これはどういうことでしょうか?
離婚しない場合の「生活費」と、離婚する場合の「年金」どちらが「得」か
確かに、勇さんが美智子さんより長生きをし、生涯にわたり、生活費を渡し続けられれば逆転せず、「離婚は妻にとって損」という結論になりかねません。しかし、いかんせん、勇さんは今まで3回も脳梗塞で倒れており、医者からも「次はない」と言われていて、更に勇さんの気性の荒さを考えると、いつポックリ逝くか分からないでしょう。もちろん、天国の故人がお金を渡すことは不可能なので、勇さんが亡くなったら、生活費はそれっきりです。
一方、年金はどうでしょうか?離婚時にきちんとした手続(例えば、公正証書を作成し、年金事務所へ提出するなど)を踏んでおけば、美智子さんが勇さんより長生きしても安心です。なぜなら、離婚しない場合の生活費と違い、勇さんが亡くなったからといって、毎月4万円の年金(勇さんから分割された年金)の支給が止まることはなく、美智子さんが生きている間、ずっと支給され続けるからです。もしも、元妻の年金が元夫の生き死に左右されるのなら大変です。
「ちゃんとリハビリやってる?きちんと3食べてる?まだボケてない?大丈夫?」
せっかく離婚したのに元妻は元夫の様子に気が気でなく、「最近、お父さんはどう?」と探りを入れたりするでしょう。結局のところ、『夫という存在』に怯えて右往左往するようでは、何のため離婚したのか?という話です。とりあえず年金に限っては「夫の存在」を完全に忘れても構いませんし、これでようやく夫という存在は「赤の他人」に成り下がるのです。では、具体的な数字を計算してみましょう。
例えば、まず今から3年後に勇さんは亡くなり、美智子さんが生きているパターンを見てみましょう。美智子さんが3年間で受け取る金額の合計は、生活費は252万円、年金の場合は144万円ですから、3年後の時点ではまだ「離婚しない場合の生活費<離婚する場合の年金」なので、美智子さんは108万円を損します。しかし、これは美智子さんも3年後に亡くなった場合の話です。
一方、勇さんが亡くなった後も美智子さんは生き続けたら、どのような計算になるでしょうか?勇さんがすでに亡くなっているので生活費は0円です。しかし年金は美智子さんが亡くなるまで支給されるので「月4万円×妻が生きている月数」ですから、3年目以降の生活費と年金を比べた場合、どちらが多いのかは明らかです。
そして離婚から6年間(勇さんが生きている3年間+亡くなった後の3年間)の年金は合計で288万円に達するので、離婚から6年目で「離婚しない場合の生活費<離婚する場合の年金」に切り替わるのです。美智子さんは6年後には82歳を迎えますが、女性の平均余命は86.61歳なので(出典:平成25年の厚生労働省の簡易生命表)まだまだ大丈夫でしょうから、これは現実的な計算です。
しかも夫という存在から解放されたおかげで、ますます健康で元気に、そして心穏やかに過ごすことができれば、平均を超える可能性も十分あります。美智子さんが長生きすればするほど、ますます「生活費<年金」の差は広がっていくのです。
離婚相談の当初、美智子さんは「私の都合で離婚するのだから、お金を損しても仕方がない」と口にしていましたが、実際はどうでしょうか?このように「夫の年金は無限、夫の生活費は有限」ということを踏まえた上で具体的な数字を計算してみると、むしろ「離婚した方がお金を得する」ことが分かってきたのです。まさに「損して得とれ」です。
どれだけ溜め込んでいるのか?父の財産を自力で計算してみよう
法律上、婚姻期間中に築いた財産は夫2分の1、妻2分の1という按分割合で分け合うのが原則です。勇さん美智子さん夫婦には他にどのような財産があったのでしょうか?
夫婦の財産は勇さんがすべて管理しており、美智子さんは口を出したり、手を触れたり、中を見たりさせずに秘密主義を徹底的に貫いてきたそうで、美智子さんは何も知らないまま今日に至ったようです。
?「あの人がどのくらい貯めこんでいるのか、まったく想像がつかないわ」
とはいえ勇さんに聞いたところで素直に白状するはずもなく、更に今は個人情報保護法があるので、例えば、金融資産(預金や株式、保険など)を調べるべく、金融機関(銀行や証券、保険会社など)に問い合わせたところで資産内容を開示してくれません。なので、やむを得ず、夫婦の財産のうち、預貯金と退職金について自力で計算し、おおよその概算を美智子さんに示すことにしたのです。
1つ目の預貯金ですが、勇さんが毎月こっそりとお金を貯め込んで、現時点でどのくらいの金額に達しているのかです。ほとんどの家庭では子育ての最中はなかなか貯金をすることは難しいのが実情でしょう。例えば、勇さん(78歳)美智子さん(76歳)夫婦の場合、1人息子である圭介さんは現在、46歳ですから、勇さんが32歳のときに誕生し、54歳のときに大学を卒業、会社へ就職したという時系列です。
まず家計の支出ですが、前述の通り、勇さんは毎月7万円の現金を美智子さんに渡しており、一方で家賃や公共料金は口座から引き落とされますが、勇さんは現役時代、国家公務員だったので、定年退職するまでの間、官舎に住んでいたそうです。官舎の家賃は世間相場より安価で、勇さんの場合、毎月4万円でしたので、口座引き落としの合計は毎月10万円で十分でしょう。ですから、子離れした後の支出は毎月17万円です。
次に家計の収入ですが、私は圭介さんに市役所で勇さんの所得証明書を手に入れるよう頼みました。証明書によると勇さんの給与(手取り額)は54歳から60歳までの間、平均で毎月40万円でした。このように家計の収支を計算していくと、勇さんは毎月23万円(収入40万円-支出17万円)を貯めることができ、6年間(54歳~60歳)でどんなに少なくとも合計1224万円を貯めこんでいるだとうと推測することができました。
2つ目の退職金ですが、夫婦の結婚期間と夫の勤務期間が重複している部分は、妻が財産形成に貢献しているのだから離婚財産分与の対象で、重複していない部分は妻が貢献していないのだから対象外、というのが原則です。
ところで自宅に残された退職金の確定申告書によると、勇さんには2807万円の退職手当が支給されたようです。今回の場合、夫婦の結婚期間は50年ですが、勇さんの勤務期間は42年なので本来、退職金は全額、財産分与の対象にはるはずでした。
このように計算すると預貯金(1224万円)と退職金(2807万円)の合計は4031万円なので、美智子さんは半分の権利を持っており、離婚に伴って勇さんに対して約2000万円を分与するよう請求しても全く問題ありませんでした。それなのに美智子さんは2000万円という大金を目の前にしても心は動かなかったのです。なぜでしょうか?
2015-07-04 09:55