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血管作動薬は抗がん薬の薬効を増強する
抗がん薬の研究の歴史は約70年にもなるが、抗菌抗生物質のように有効率90%(+)というような著明な成果はなく、10~20%の有効性は良い方である。われわれは抗がん薬を高分子化することによって、腫瘍血管の透過性の特性〔構築の粗雑さと、血管の透過性亢進因子(ブラジキニン、一酸化窒素、プロスタグランジン、サイトカイン類)の多量産生〕を利用したがん化学療法の研究を行っている。その過程で、高分子型抗がん薬を静脈内投与すると通常の低分子薬剤に比べ10~50倍も腫瘍選択的に集積する現象「EPR効果(enhanced permeability and retention effect)」を発見した(図1)1),2)。
このEPR効果の研究から、降圧薬(血管拡張薬)や抗血栓作用のあるニトログリセリンなどを高分子型薬剤と同時に投与すると、がん局所へのデリバリーが2~3倍上昇し、また薬効も2~5倍高まることがわかった3),4)。これはまさに血管作動薬による抗がん薬の薬効増強である。この現象はわれわれの高分子型抗がん薬のみでなく、いわゆるドラックデリバリー(DDS)製剤、抗体医薬、さらには免疫細胞による治療にも応用可能な手技と考えている。
固形がんは血流不全状態にある
昨年(2018年)11月、われわれはこの成果を米国がん研究協会(AACR)の機関誌)に発表したが4、そのほぼ同時期(今年1月)に、米・コーネル大学のグループががん患者3,000万人以上を後ろ向きに解析し、がんと診断される1~2カ月前に、心筋梗塞と脳塞栓の発生頻度が5~6倍も上昇している事実を発表した5)(図2、関連記事「高齢がん患者、診断前に心臓発作や脳卒中」)。
同様の問題を指摘した先行研究もあり6),7)、それらを踏まえると、腫瘍血管における血小板凝集やトロンビンの活性化によるフィブリン形成は、抗がん薬の腫瘍部へのアクセスに大きな障害になると考えられる。前記の血管内の塞栓形成因子はがん局所由来と考えられ、腫瘍から遠い場所で相当希釈されているにもかかわらず塞栓が生じ、このことはがん局所、特に進行がんなどにおいてはより強く血栓形成が進行し、腫瘍血流が不全になっていると考えられる。これが、抗がん薬が血流不全状態にある多くの固形がんにはほとんど届かない理由である。
腫瘍内の血栓を溶解させると、薬物のがん局所へデリバリーが強化
ちなみに、在来型の低分子型抗がん薬の静注後の腫瘍内濃度を見ると、腫瘍部には他の正常臓器の10分の1程度しか届いていない(図1A)8)。これは当局で承認された抗がん薬のデータであるが、治療効果よりも副作用が著明になる理由ではないか。これに対し、われわれが開発中のポリマー結合型ピラルビシン(P-THP)の組織分布を調べてみると、腫瘍部には選択的に集積し、投与24時間後も72時間後もほぼ腫瘍部のみに薬剤は集積している(図1B)8)。一方、24時間以降の正常組織への分布はほとんど無視できる程度であり、これはまさにEPR効果の原理のproof of evidenceである1),2),4),8)。
その観点から、ニトログリセリンやフランドールテープ、L-アルギニン、あるいはACE阻害薬(エナラプリルなど)などのEPR効果増強作用のある薬剤や物質(一酸化窒素など)を投与した場合のEPR効果による腫瘍デリバリーの増強は、注目に値すると言える4)。血流がなければ薬も免疫細胞も腫瘍部に到達できず、薬効は見られない。それ故、がん治療の成績向上のためには、抗血栓対策を忘れてはいけないのである。
腫瘍血管の塞栓は血小板凝集に加えて、プロトロンビン→トロンビン→フィブリンの凝固系が考えられるが、がん局所のプロトロンビンの活性化は凝固系の第Ⅻ因子の活性化に起因し、それはまた血中のキニノーゲンに作用し、がん局所の痛みの成分であるブラジキニン(BK)の生成を促進し、このBKもまた血管透過性を亢進する。いずれにしろ、腫瘍内の血栓を溶解させることにより、腫瘍血流の再開通を促し、薬物のがん局所へデリバリーが強化できるのである4)。
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