ガルトゥング博士が1958年に提唱した「積極的平和(ポジティブピース)」とは、〈単に戦争がない状態を消極的平和と呼び、社会正義が果たされて飢餓や貧困もなくなった状態を積極的平和と呼んだ〉ことから生まれた概念だ

ガルトゥング博士が1958年に提唱した「積極的平和(ポジティブピース)」とは、〈単に戦争がない状態を消極的平和と呼び、社会正義が果たされて飢餓や貧困もなくなった状態を積極的平和と呼んだ〉ことから生まれた概念だ(児玉克哉、中西久枝、佐藤安信『はじめて出会う平和学』有斐閣)。
 そもそもガルトゥング博士は、1950年代後半に20代という若さで国際平和研究所を設立。当時、平和研究の分野では、おもにアメリカが冷戦状況から米ソ核戦争を回避させる研究が進んでいたが、ガルトゥング博士は〈北欧から見れば、むしろ、五〇年代、六〇年代に生まれてきたアジア・アフリカの新しい国の貧困という惨憺たる状態を生み出す国際構造を研究しない限り、国際平和を研究したことにならない〉と考え、〈まったく違ったスタンスで、研究をはじめ〉たという(高柳先男『戦争を知るための平和学入門』筑摩書房)。
 つまり、平和について考える際、核軍拡にフォーカスした議論では飢餓や貧困といった開発途上国の問題は軽んじられてしまう。こうしたなかで、ガルトゥング博士は「積極的平和」という概念を提唱した。これが新しかったのは、さらに〈暴力の概念を、直接的暴力と構造的暴力とに分け、戦争を直接的暴力に、飢餓や貧困を構造的暴力に位置づけた〉ことだった。このガルトゥング博士の概念により、平和学は核軍縮や戦争の問題にとどまることなく、〈不平等や経済的不公平、社会的不正などといったものにまで、アプローチすべきものという認識が確立〉されることになったのだ(前出『はじめて出会う平和学』)。そのため平和学は、環境問題、ジェンダー問題、人権の抑圧、経済の問題など、さまざまな研究領域を含むことになった。
 戦争をなくすだけでなく、人が貧困や抑圧といった暴力を受けない状態を目指すこと。これこそが正しい意味での「積極的平和主義」だ。