夕陽が沈もうとしていた。嵐のあと、水位はボート小屋にとどくまで上がった。浜辺につづく野原がすっかり水びたしだ。うねる高波が脚にまつわりつくとき、もつれる草をふみしめて歩くのは気持ちがいい。ぼろぼろの樽を見つけ、ボートをつなぐ浜辺までころがし、まっすぐ立てて、中にもぐりこむ。水にしずんだ草はとてもやわらかく、かたときもじっとしていない。自分は潜水艦の中にいると考えた。樽にはちょうどいい穴があって、そこから太陽が見える。太陽は焔のように赤く、樽の壁を赤くそめる。わたしはあたたかい水の中に腰をおろす。だれもわたしがここにいると知らない。その夕方はもうなにも起きなかった。
~『夏について』トーベ・ヤンソン