AIの進化で淘汰される職業についてあれこれ

“高邁なスペシャリスト業務こそAIの進化で淘汰されやすい
 前回の主旨を振り返っておこう。現在のAIは「特化型」と呼ばれ、一つの目的についてのみ、強烈な速さで習熟を遂げるたぐいのものだ。それはあくまでもコンピューターの中の情報処理に留まる。コンピューターの外にある物理的な作業はAIにはこなせず、そこには必ずメカトロが必要となる。現在、単純労働と呼ばれる職務は、多くの場合、細切れで多彩なタスクの集合体からなる。たとえばケーキショップのレジ係は、レジ打ち・ケーキの陳列・ケーキの箱詰め・バックヤードからのケーキの補充・ショーウインドー磨き・値札変えなどを担当する。こうした多彩かつ物理的作業は、多数のAI とそれに応じた多数のメカトロが必要となる。ゆえに、簡単には機械代替ができないのだ。だから意外にも、製造・建設・サービス・流通などの単純労働は機械化がなかなか進まない。
 一方で現状の特化型AIで華々しく自動化が進む領域もある。それは何か? 先ほどの反対を考えるとわかり易い。
・コンピューターの中で完結し、物理的作業がほとんど発生しない。
・一つの分野の知識でのみ習熟が求められる。
 こうした仕事の多くは、「スペシャリスト」と呼ばれる。
 たとえば、給与計算や年金・社会保険業務などはその最たるものだ。請求や支払いを行う事務作業なども大幅に簡素化される。現状だと、企業によって帳票の項目名や位置が異なり、それも手書きや印刷物、電子帳票など様々な形態があるために、どうしても人間が目で確認しながら再入力する、という作業が必要となる。AIの画像認識は長足の進歩を遂げ、あっという間にそうしたインターフェース上の問題はクリアしていくだろう。あとは、処理ルールをAIに覚えさせればいい。税務も給与計算も年金・社保も、請求支払いも、みな標準ルールとは異なる特例などがあるが、そうしたものの特徴をつかんで、「この場合は特例適用」と理解していくのが特化型AIは得意だ。それは、熟練スペシャリストの判断が必要だった業務を、どんどん代替することに他ならない。
 弁護士、会計士、司法書士、社労士、税理士など現在でいえば難関で高給な士業も、「ルールに従った処理業務」の部分はAIで代替されやすいだろう。
 通訳業務もAIはこなしていくようになる。これも実は「特徴把握」とその「ルール化」で熟練度を増せるからだ。たとえば、飲食店でお客が「私は鮭ね!」と注文した時に、単なる直訳なら「I am salmon」という笑い話のような誤訳をしてしまうだろう。が、AIは大量のネット環境にある対訳文書をクローリングで読み漁り、そのうちに、「飲食店での会話だと、I am salmon ではなく、 I order salmonだ」という特殊ルールを理解してしまう。そう、大量の情報の中から、その特徴を自動的に把握し、場にあった判断をしていく、ということについて、現在の特化型はとてつもなく秀でている。現状でもそこそこ良い自動翻訳機が市販されているが、製品開発担当者、2020年までに、旅行レベルならほぼ完ぺきなものを発売できると胸を張る。
 たとえば、フランスでもアメリカでも日本でも、飲食店で「注文お願いします(take me our orde)」と給仕者を呼ぶのは問題ないことだ。がドイツではそれがマナー違反となる。通訳者がいたならば、そんな行為は慎むよう指示されるだろう。2020年ごろには、自動翻訳機に、そうした国ごとの作法も織り込み、「ドイツではウエーターを呼ぶのはマナー違反です、待ちましょう」とAIがたしなめてくれるという。現状の自動翻訳機は、自分がしゃべるときに「翻訳開始ボタン」を押し、また、相手が話すときにはそちらにマイクを向けてボタンを押さねばならない。こうしたわずらわしさも、2020年にはなくなっているという。さらに2025年になると、ビジネス場面でもストレスなく翻訳できる程度にまで進化するという。まさに、通訳・翻訳者の淘汰が始まるだろう。
筆者の近著『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』(イースト・プレス)
高給の長距離ドライバーは淘汰。宅配配送員は残る
 自動車運転はどうか。シフトノブだのペダルだのハンドルだのと、多々、物理的作業が伴うように見えるが、それは間違いだ。これらの器具は、人間の手足というインターフェースに合わせるためにわざわざ作られているのであり、本来は、IC制御でコンピューター内にて完結できる作業なのだ。今までは、交通ルールや視覚・聴覚情報を交えて、機械をコントロールする部分に、人手が不可欠だった。ところが、その部分はAIがどんどん習熟してうまくなっていく。現在でも、鉱山などの非公道領域では重機・建機の自動運転が普及している。ナビシステムに軍事衛星を活用して、2cm角の精度(乗用車のナビは50cm角)で路面状況を把握し、トラクションコントロールを行い、結果、事故率は人間が運転していた時の2%以下に減少したという。鉱山などとは異なり、公道であれば交通ルールも複雑で、予想できない突発事項も発生しがちだが、それでも2030年には自動化技術は確立されているだろう。
 さて、ここまでに示した仕事は、その多くが「スペシャリスト」と呼ばれ、目の前の情報と、複雑難解なルールを照らし合わせ、熟練の勘を交えて、最適な判断をしていくという作業となる。それこそが、今の特化型AIは得意なのだ。
 ただ、だからといって、騒ぐような雇用崩壊には至らない。まず、こうしたスペシャリスト業務の雇用は今でもそんなに多くはない。それらは、建設・製造・サービス・流通業などの大量就労職と比すれば、ホンの少数だと容易にわかるだろう。
 次に、スペシャリスト業務の中でも、「残る人」はけっこう多い。ここにも言及しておく。
 たとえば、自動車運転関連について考えてみよう。今、再配達問題などが高じて世間ではつらい仕事と目されている「配送員」は、残る。理由は簡単だ。自動車運転業務がAIで自動化できても、配送には物理的な業務が付随する。それがドローンにより空中戦に代わるという不連続な進化はここではおいておく。そうではない従来の配送であれば、物理的作業が不随するために、AIでは置き換えられない。一方で、長距離トラックドライバーはなくなる。こちらには積み下ろしなどの物理的作業が発生しないからだ。しかも、高速道路という自動化に適した環境での走行が業務の大半を占める。とすると、集配拠点から高速道の入り口まで人的に運転し、あとはAIによる自動運転で業務員は大幅に少なくなるだろう。大型免許という難関資格を取得して、一番儲かる花形仕事と呼ばれている長距離トラックの方が、配送員よりも将来が暗い。なかなかのパラドックスといえるだろう。
泥臭い実務をこなす人は淘汰されにくい
 経理などでも、各国のルールにのっとり監査をするという国際会計業務などが、案外、将来は暗い。確かに複雑で難易度が高いルールを熟知しているのは、現時点ではすごいことだが、AI的にそれは容易に代替できる。一方で、現場の決算作業を取り仕切るリーダーはどうだろう。規模の大きい企業であれば決算は多人数での流れ作業となる。途中で音を上げる人を鼓舞し、体調を崩して休んだ人の穴を埋め、帳票提出の遅い営業部に文句を言い、脱税とも思われかねない取引先の決済ルールに変更をお願いし……。こうした物理的作業や対人折衝が山ほど発生する。だからAI代替はできない。
 税理士や会計士なども同じだ。資格取得であぐらをかかず、ビジネスを発展させるべく汗をかいている人はAIに淘汰されることはない。たとえば、「税金3割減額センター」などの事務所名を持ち、コンサルティングで納税額の削減を果たすようなアイデアのある税理士は必要とされるだろう。同様に、「税務査察の最後の防波堤となります」と銘打って体を張ったサービスを続ける税理士も残る。一方、「面倒なことは嫌い」と資格をとって事務処理に逃げ込むような税理士はAIで簡単に淘汰される。今でもそうした事務処理一辺倒の税理士は給与待遇条件が劣化して俗に「年収300万円の税理士」などと呼ばれているが、そうした人たちは、10年後には年収300万円でも雇用がなくなっている。
 ここまで考えるとわかると思う。
 私たちは日々の仕事がつらいと、つい、そこから逃げるためにアジール(聖域)探しの投資を行う。それが、難関資格であり、それを取得すれば、煩わしい対人・物理的作業から逃げられると考える。だからその聖域は「一格上のスマートワーク」と目される。ところがAIはこうしたアジールとこそ取り合わせが良いのだ。そうして次々と逃げ込む先がなくなっていく。
 AIの進化とは、すなわち、楽をしようとどこか逃げ込み先を探すのなどやめにして、目の前の仕事でしっかり汗をかけ、ということに他ならないのかもしれない。”