20代を“うつ”にし続ける女性マネジャーの病理 若手上司が心酔する「部下を破壊するマネジメント」 追い詰める管理職に共通していたのは、 深夜まで仕事をする「ハードワーカー」 筆者前回は、経験の乏しい若手マネジャーが部下をうつ病にする構造を指摘されていましたね。今回はその現状と課題について、詳しく聞かせてほしいと思います。 私が取材する人事コンサルタントらは、40~50代の管理職のマネジメント力、特に部下の育成力が下がっていることを例に挙げ、それが部下をうつ病にする一因だと指摘します。 しかし

記事採録
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20代を“うつ”にし続ける女性マネジャーの病理
若手上司が心酔する「部下を破壊するマネジメント」
追い詰める管理職に共通していたのは、
深夜まで仕事をする「ハードワーカー」
筆者前回は、経験の乏しい若手マネジャーが部下をうつ病にする構造を指摘されていましたね。今回はその現状と課題について、詳しく聞かせてほしいと思います。
私が取材する人事コンサルタントらは、40~50代の管理職のマネジメント力、特に部下の育成力が下がっていることを例に挙げ、それが部下をうつ病にする一因だと指摘します。
しかし、それは実態を押さえていないと思います。企業の現場を取材で回ると、部下をうつ病にする傾向が強いのは、むしろ20代後半~30代の若い管理職であることに気がつきます。ここにメスを入れないと、真相に迫れない。
A氏私も同感だ。2005年から2013年まで、広告制作部の事業部長という立場だった。20代後半から30代後半にかけてのマネジャー(管理職)20人ほどを部下として抱え込んでいた。その下に、120人ほどの非管理職がいた。制作ディレクターやコピーライターなどだ。
非管理職の平均年齢は、20代後半。その大半が大卒で、難易度の高い大学を卒業した者が6~8割を占めていた。2006~2013年にかけて、マネジャーの中にはこれらの部下をうつ病に追い込んだと思われる者が数人いた。営業部は、社員数が制作部の5倍ほどになる。2006~2013年でうつ病になった20代の社員は、「数十人を超える」と人事部などから聞いた。
筆者その象徴的なケースを教えてもらえませんか。
A氏広告制作部には、3人の20代女性をうつ病にした、当時30歳前後の女性マネジャーがいた。このマネジャーは現在も在籍しているようだが、部下3人は仕事を続けることができなくなり、いずれも退職した。
筆者マネジャーは、どのように追い詰めたのですか。
A氏うつ病になった1人から聞いたことだが、たとえばポスターを時間内にきちんとつくり上げることができないと、「なぜ、できないのか」と執拗に追及したらしい。プレーヤーとしての自らの仕事を終えた後、夜10時~12時の終電間際などに……。そういうことが続いた。
制作部にしろ営業部にしろ、追い詰める管理職に共通していたのは、深夜まで仕事をするハードワーカーだったことだ。「そこまで仕事が本当にあるのかな」と思えるほどだった。
部下を追い詰めるのはまさしく
プレーヤーとして力不足だから
筆者そうしたハードワークの事例が出ると、識者は決まって「正社員の数が減り、1人の仕事の量が増えているから」「成果主義の影響で……」などと言い始めます。しかし、それらは現場を知らない認識であり、「木を見て森を見ず」でしかないと思います。
A氏私も同じ考えだ。あの会社は1990年代初頭から一貫して成果主義だった。当時から仕事の量は多い。それでも、部下の育成や指導をきちんとできるマネジャーが少なからずいた。比率としては、そういう管理職のほうが多い。部下を育成する人と潰す人の違いを丁寧に観察すると、「うつ病にするマネジメント」の本質が見えてくると思う。
筆者ここ20年、管理職はプレイングマネジャーであることが求められる傾向が強い。プレーヤーとして大量の仕事をこなす一方で、マネジャーとして部下の育成や管理をすることが求められます。
部下をうつ病に追い込む管理職を取材して感じるのは、プレーヤーとしての力が高くないことです。この人たちは実は、マネジメント以前のところでつまずいている。人事コンサルタントらが指摘するような、マネジメント云々の問題ではないと思います。
A氏部下を追い詰めるのはまさしく、プレーヤーとしての力が足りないからだ。人を育てるだけの力も経験も乏しく、人格も一定水準のところまで出来上がっていない。印象ではあるが、得てして幼い。
筆者仕事をする上での「人格」があるのですね。これも、経験が浅いとわからない。
A氏人格というのは、たとえば「部下と自分は考え方も価値観も根本から違うのだ」という度量というか、心の広さなどを意味する。これを本当の意味で理解できるようになるためには、それなりの経験を要する。人格と仕事の経験は、ある程度比例している。
筆者部下を潰した30歳前後の管理職と取材で接すると、プレーヤーとしての自信がないからか、20代の部下を威嚇しようする傾向がある。虚勢を張っているようにも見える。
A氏あの会社にも、その捉え方が当てはまる。その女性マネジャーは、部下の仕事が求めているものに達しないと、顔の表情がこわばり、目が座り始めるという。全身から威圧感が漂い、必死に押さえつけようとしていたようだ。
そして、冷静な物言いではあるのだが、理詰めで部下の言い分を1つずつ潰す。そのとき、「広告制作に関わる者は~すべき」「~をしなくてはいけない」という言葉を頻発する。
規範意識が非常に強いことが、部下をうつ病に追いやる管理職の1つの特徴だ。ところが、この規範意識は優秀なマネジャーはさほど持っていない。自分の心の中にはあるのかもしれないが、部下には強要しない。
マネジャー自身、部下が仕事を
できない理由をわかっていない
筆者なぜ、部下を追い詰めるのでしょう……。
A氏「なぜ、あなたはできないのか?」と詰め寄るのは、前回話したように、マネジャーがそのできない理由を本当にわかっていないからだ。自らがその仕事を繰り返し、一定水準以上にできるならば、こういう問いにはなり得ない。
こういう管理職はプレーヤーとしての経験が未熟で、「仕事の再現性」がない。たとえば、社内で広告制作のコンクールがある。100人以上の部員が参加し、ポスターなどをつくり、それを社外の専門家が審査する。
部下をきちんと育成するマネジャーは、数年の間に3~5回繰り返し受賞する。私もそのくらいの数を受賞した。しかし、部下をうつ病に追いやったマネジャー数人は、受賞経験がなかった。
筆者繰り返し賞を獲得できる人は、日々のプレーヤーとしての仕事のレベルも高いでしょうね。
A氏そうだと思う。たとえば、広告づくりを高い水準でできたならば、その理由をしっかりと把握できる。「ここがこのようによかった」と。できなかった部分も含め、明確に捉えている。この人たちに規範意識があるとすれば、強烈な職人意識があり、それをひたすら高めようとすることだった。
だからこそ、同じようなレベルの仕事を3回与えられたら、そのいずれにも高い水準で応える。これが、「仕事の再現性」があるということ。再現性のある仕事を大量にこなし、あらゆる仕事の引き出しやノウハウが無数にある。一方で、大量に失敗も経験している。
だから、部下がどこに行き詰まっているかが、手に取るようにわかる。これこそが、プレーヤーとして優秀であり、部下を育成でき得るマネジャーになる資質だと思う。
「成果主義で仕事量が増えた」は的外れ
力不足の若手マネジャーが部下を潰す
筆者先ほどの「成果主義」や「仕事の量が増えた」といった指摘は、的外れに思えますが、20代の非管理職のときに「仕事の再現性」を身につけることができないことが、今の20~30代の会社員が抱える大きな問題ではあると思います。
ここに、部下をうつ病にするマネジメントの一因が潜んでいる。部下を潰すマネジャーは「仕事の再現性」や引き出しが限りなくゼロに近いですね。
A氏本来マネージャーになるならば、プレーヤーとしての「仕事の再現性」を確実に押さえることが必要だ。しかしその女性マネジャーは、社内の事情や組織改正などの流れの中で、なぜかマネジャーになってしまった。社長の推薦もあったらしい。人事部は役員会で決まったことを追認するだけであり、機能していない。
女性は20代の非管理職の頃に、厳しい上司の下、すさまじいパワハラの中で耐えに耐え抜いたらしい。そんな姿に、社長は感銘したようだった。社長は前回話したように、歪んだ儒教的な考えを社員に教え込む。「厳しくすることは、相手のためになる」と洗脳している。それに染まると、マネジャーになったときに部下を潰しやすくなる。
筆者社長公認のマネジメントである以上、いわば後ろ盾もあり、大義名分もありますからね。職場に浸透しやすくなる。
A氏私は、当初から不安を感じていた。その女性マネジャーに部下への接し方について何度か注意をしていた。だが、本人は部下を追い詰めるマネジメントを変えなかった。プレーヤーとしての経験や引き出しが少ないから、変えることはできなかったのかもしれない。
部下に「A」という回答しか認めない
自分自身が「A」しか知らないから
筆者そのマネジャーの、部下の追い詰め方をもっと知りたいですね。そこにヒントが隠されている気がしますから。
A氏20代の部下は経験が浅い。だから、脅えながらもおぼろげな知識を使い、なんとか答えようとする。マネジャーは、「それは違うよね」とすかさず否定する。予め頭の中に、「A」という回答があるようだった。部下が「B」や「C」と答えると、いかなる理由であれ認めない。
しかし、認めない理由が実はない。経験が浅いから、「A」しかないと思い込む。私から見ると、その場合「B」や「C」も誤りではない。むしろ、「B」や「C」のほうがいいように思えることもあった。
A氏追い詰められた部下がどうすればいいのかわからずに立ちすくむと、「あなたは広告をつくりたくて、ここに入社したのよね」と質す。この言葉がダメを押す。要は、「もっと力を注げ」という意味なのだろう。
これでは、部下としては何も言えない。力をどこにどう注げばいいのか、わからない。このあたりの追い詰め方も、部下をうつ病にする管理職に共通している。
筆者私も20代の頃、30代後半の上司にそのように追及されましたね。本人は、正しいことをしていると思っているようだった。
A氏そのような上司はおそらく、パワハラなどをしているとは感じていないと思う。私が接した部下を潰すマネジャーたちは、「厳しく詰問することは、部下のためになる」と信じこんでいた。
挙げ句に、社長やそのイエスマンの役員たちは、20代がうつ病になった際も、「会社や部下のことを思い、厳しく教えている」と、そのマネジャーたちを守っていた。
「厳しい詰問は部下のためになる」
という、まるで根拠のない根性論
筆者どの職場でも、部下を潰すマネジメントは似ている(苦笑)。
A氏しかも、マネジャーの部下への指示の多くは抽象的だった。これも、うつ病にする管理職の共通項だった。経験の浅い部下は、「これがいけない」と言われても、どのように修正すればいいのかがわからない。そこで聞こうとするが、「自分で考えるように」と突き放される。
筆者突き放すのは、「あなたのためだよ」と……(苦笑)。それは詭弁であり、実はその管理職自身に答えがないのではないか。答えを導く、そんな経験も場数も踏んでいない。
A氏20代の人も、そのマネジャーの追い詰めるようなしごきを「教育指導を受けている」と思い込む。気の毒なことに、それに自分も応えないといけないと言い聞かせる。かつて20代の頃の私も、同じような思いだったが……。これは、気が狂いそうになる。経験した者しかわからないだろうが。
そして、20代の部下は徹夜に近いくらいに頑張り、広告をつくり直す。ところが、女性マネジャーはそれも否定する。その理由がまた、わからない。その繰り返しがエンドレスに続く。
このプロセスでこそ、「仕事をする力が身につく」とマネジャーは思い込んでいる。だから怖い。私がその女性マネジャーに聞くと、「自分が20代の頃に上司からそのようにされて、力を身につけた」と答える。
しかし、そもそもそのマネジャーはプレーヤーとしても一定の水準に達していない。
耐えがたきを耐えてきたのだから
部下も同じやり方でいいと疑わない
筆者本人は「自分はこのようにして、仕事ができるようになったのだから、あなたもできるはず」と考える。しかし、その「できた」という思いは、幻想でしかないということですね。
A氏その通りなのだが、本人はあくまで「できた」と思い込んでいる。社長をはじめ、上層部からも認められていると信じている。だが社長は、耐え難きを耐えた姿勢を評価したのであり、プレーヤーとしては認めていない。彼女は、社内コンクールで1度も賞を受賞していない。
それでも、真剣に部下を育成しようと追い詰める。それで20代の部下たちは心身ともに疲れ切って病んでいく。午前中に休んだり、遅れて出社するようになる。表情に覇気がなく、口数が少なくなる。
それでも、マネジャーは「なぜ、できないの」と詰問し続ける。この直線的なマネジメントを、相手が病になるまで続ける。病になった後も、本当の意味では気がついていない。だから、他の部下に同じことを繰り返している。
筆者部長という立場から、そのマネジャーを叱らなかったのですか?
A氏何度も話し合いの場は設けた。そこでは、彼女は「部下とのコミュニケーションに問題があることはわかっています」と答えていた。しかし、私には理解できていないように見えた。
A氏人事評価では相当に低く扱ったが、それ以上の権限は私にはない。社長が人事権を握り、人事部も権限がない。うつ病になる部下を量産するマネジメントが横行する理由は、ここにもある。社内には当然、労働組合はない。
結局、女性マネジャーの部下を潰すマネジメントは相変わらずだった。私が異動になるときには、後任の部長に「彼女はマネジメントができるレベルに達していない。マネジャーを外したほうがいい」と進言しておいた。
しかしあの会社では、部長にそんな権限がない。だから、今もマネジャーに居座り、20代の部下を追い詰めていると聞く。社長もまた、「厳しく接すると、20代は育つ」と、歪んだ儒教的な考えで盛んに役員やマネジャーなどを洗脳している。
部下をうつにする管理職には
組織の都合で選ばれた人が目立った
筆者なぜ、その程度のレベルの人がマネジャーになったのでしょうか。
A氏要は、人材難だったのだと思う。このマネジャーに限らないが、部下をうつ病にする管理職は、自らの実力ではなく、組織の都合で選ばれた人が目立った。会社は1990年代に比べると業績が悪化し、優秀な人を採れなくなっていた。離職率も上がっていた。
筆者識者やメディアは「ここ20年は実力主義が浸透し……」と紋切型で言いますが、実は「会社都合主義」という文脈で、上層部の都合のいい「競争原理」らしきものが浸透したに過ぎないのですね。
A氏あの社長はある面では、天才的な嗅覚がある。事業を俯瞰で捉え、構築することなどにおいては……。しかし、人事は滅茶苦茶だ。そして、前回話したように、2008年のリーマンショック時、大規模なリストラを行った。20代の社員を数ヵ月間に80人も辞めさせた。
ここ5年ほどは新卒で入り、プレーヤーとしてそこそこのレベルならば、30歳前後でマネジャーになれるようになっていた。この「そこそこのレベル」が、問題を生むことになる。
気が利く優秀な部下ほど心を壊され
鈍いマネジャーばかりがのさばり続ける
筆者うつ病になって辞めた20代の社員は、ストレス耐性が弱いと感じましたか。
A氏そこまで言いきる根拠がない。ただ、潜在能力は高いように思えた。特にコミュニケーション能力が高い。20代前半でありながら、仕事をしていく上での相手の感情の機微がわかる。さらに職場の空気も読める。繊細な心の持ち主であり、まじめで誠実に仕事に取り組む。
それだけに、彼らから辞表が出てくると、無念というか、自分が非力であることに空しさは感じた。もしかすると、やや生真面目すぎるところもあり、多少完璧主義のように見えることもあったが、惜しい人材ではあると思う。
一方で、「そこそこのレベル」でしかないが、耐え難きを耐え、マネジャーになっていく20代は、どこか鈍い面があるように思えた。人の心を感じ取るという面において……。こういう人たちが、得てして20代の部下をうつ状態にする。
ストレス耐性が強いと言えば、それまでかもしれない。だが、彼らがつくる広告を見ても、クリエイターとしての冴えた感性を感じない。作品に奥行きがない。一方で、クリエィティブな仕事以前の事務理処理とか雑用的な仕事は、ハイレベルにできる。前述の女性マネージャーは、その象徴的な存在だった。
筆者そこにも、「うつ病にするマネジメント」の芽がありますね。実は、私の取材経験では、社員の学歴や社長などの上層部の考え方、さらに社風、社の生い立ちも深くかかわっているように思えます。少なくとも、「成果主義」や「正社員の数が減り……」という捉え方は実態を押さえていない。
A氏「成果主義」「正社員の数が減り…」は遠い理由であったとしても、直接の理由になっているとは思えない。なぜ、そんな認識になるのだろう。