“01老人ホームに通って老人の食事風景をぼんやり眺めて足掛け五年になる。心身の衰えによって次第に食べられなくなる人の老化過程をたくさん見ている。 02箸を使って食べていた人が、やがて箸をスプーンに持ち替え、スプーンを置いて手づかみで食べるようになり、やがて介助者に食べさせてもらう人になる。そして噛むことや飲む動作を失い、ついには口を開けることも忘れる。 03人は外部の道具を忘れ、身体内部の器官を忘れることで、道具との付き合いを終えるように見える。そういう流れが淡々と進行していく中で、人と道具の思いがけない関係に目をみはることもある。 04パーキンソン病だった義父は大好きな煮豆を食べるときは、手も震えず上手に箸でつまんで食べていた。ご飯ではなく手づかみで食べられるパンにしてくれと言ってパン食になっていたのに、煮豆には箸が使えた。 05そういうことは施設介護の現場でもよく見聞きし、珍しい冷奴や秋刀魚の塩焼きを出したら、上手に箸を使って食べたなどという驚きの光景が出現する。”