薬剤耐性対策として抗微生物薬(抗菌薬など)の適正使用が必要であり、外来において急性気道感染症や急性下痢症の患者に不必要・不適切な抗菌薬投与は控える必要がある。例えば、感冒に対しては抗菌薬を投与しないことが推奨され、急性下痢症には基本的に対象療法のみを行うことが推奨される—。
厚生労働省は1日、このような内容を盛り込んだ「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版」を医療機関などへ周知するよう依頼する通知を都道府県などに発出しました(厚労省のサイトはこちら(通知)とこちら(手引き))。
ここがポイント!
1 抗菌薬の不必要・不適切使用による「薬剤耐性菌による感染症」が国際的な課題
2 急性副鼻腔炎でも軽症の場合には「抗菌薬投与を行わない」ことを推奨
3 急性下痢症では、水分摂取を励行した上で、基本は対象療法のみを推奨
抗菌薬の不必要・不適切使用による「薬剤耐性菌による感染症」が国際的な課題
国際的にも抗微生物薬の不適正な使用に伴う「薬剤耐性菌の発生と、それに伴う感染症の増加」が大きな課題となり、我が国でも「抗微生物薬の適正使用」が求められています。こうした状況を踏まえ厚労省が適正使用の手引きをまとめたものです。
今般の手引きは「主に外来診療を行う医療従事者」(特に診察や処方、保健指導を行う医師)が対象で、入院における抗微生物薬の適正使用は網羅されていません。また「ペニシリンアレルギーを有している症例に対する処方」など、専門家の判断が必要になるような事項は対象外です(専門医への相談などが必要)。
また、手引きの対象疾患は「不必要に抗菌薬が処方されていることが多い」と考えられる成人・学童期以上の小児における▼急性気道感染症▼急性下痢症—です。乳幼児は対象外となっている点にも留意が必要です。
両疾患において、どのように抗微生物薬を処方すべきか、手引きからピックアップしてみましょう。
急性副鼻腔炎でも軽症の場合には「抗菌薬投与を行わない」ことを推奨
前者の急性気道感染症患者数は、2014年の患者調査で「1日当たり、人口10万対195」ですが、高齢になるほど罹患率が低くなるため、手引きでは「高齢者が『風邪をひいた』と受診してきた場合、「本当に急性気道感染症を指しているのか」と疑問に持って診療にあたる必要がある」と指摘。また、急性気道感染症の9割はウイルスが原因で、細菌が関連する症例はごく一部であることから、抗菌薬が必要な症例(細菌に関連するもの)の鑑別が重要である強調し、▼気道症状があるか▼メインの症状は何か(鼻症状か、喉症状か、咳が続くか)▼バイタルサインに異常があるか(意識障害や低血圧など)―などから適切な診断を行うよう求めています。
急性気道感染症の診断・治療手順(目安)
急性気道感染症の診断・治療手順(目安)
急性気道感染症の分類
急性気道感染症の分類
こうした適切な鑑別診断を前提として、急性気道感染症に含まれる個別疾患ごとに「推奨される治療法」を次のように提示しています。
◆感冒:ここでは「発熱の有無は問わず、鼻症状(鼻汁、鼻閉)、咽頭症状(咽頭痛)、下気道症状(咳、痰)の3系統の症状が『同時に』『同程度』存在する病態を有する『ウイルス性』の急性気道感染症」をいう
→抗菌薬投与を行わないことを推奨する
◆急性鼻副鼻腔炎:ここでは「発熱の有無を問わず、くしゃみ、鼻汁、鼻閉を主症状とする病態を有する急性気道感染症」をいう
▽成人で軽症(下表参照)→ 抗菌薬投与を行わないことを推奨する
▽成人で中等症・重症(下表参照)→ 「アモキシシリン水和物の5-7日間内服」を検討することを推奨する
▽学童期以降の小児で「遷延性・重症(下表参照)」以外 → 抗菌薬投与を行わないことを推奨する
▽学童期以降の小児で「遷延性・重症(下表参照)」 → 「アモキシシリン水和物の7-10日間内服」検討することを推奨する
急性副鼻腔炎における重症度判定の目安
急性副鼻腔炎における重症度判定の目安
◆急性咽頭炎:ここでは「喉の痛みを主症状とする病態を有する急性気道感染症」をいう
▽迅速抗原検査・培養検査で「A群β溶血性連鎖球菌(GAS)」が検出されていない → 抗菌薬投与を行わないことを推奨する
▽迅速抗原検査・培養検査でGASが検出された → 「アモキシシリン水和物の10日間内服」を検討することを推奨する
◆急性気管支炎:ここでは「発熱や痰の有無を問わず、咳を主症状とする病態を有する急性気道感染症」をいう
→慢性呼吸器疾患などの基礎疾患や合併症のない成人(百日咳を除く)には、抗菌薬投与を行わないことを推奨する
なお、患者側が「抗菌薬(抗生物質)を出してほしい」と要望するケースが少なくないと思われますが、手引きでは、例えば「あなたの風邪は喉の症状が強い急性咽頭炎のようですが、症状からウイルスによるものだと思いますので抗生物質(抗菌薬)が効かないと思われます。抗生物質には吐き気や下痢、アレルギーなどの副作用が起こることもあり、利点が少なく副作用のリスクが上回ることから、今の状態では使わない方が良いと思います。痛みを和らげる薬をお出ししておきます」などと説明してはどうかと提案しています。
急性下痢症では、水分摂取を励行した上で、基本は対象療法のみを推奨
後者の急性下痢症のうち9割は感染性、1割は非感染性(薬剤性、中毒性、虚血性など)と指摘されます。また感染性の急性下痢症の大部分は、ノロウイルスやロタウイルスなどのウイルス性ですが、細菌性(カンピロバクターやO157、ビブリオ)のものもあることから、スポーツドリンクなどの水分摂取を励行した上で、▼水様の下痢か、血性の下痢か▼症状の程度▼海外渡航歴の有無▼体温▼血圧や脱水などの状況—などから鑑別診断を行うよう求めています。
急性下痢症の診断・治療手順(目安)
急性下痢症の診断・治療手順(目安)
こうした適切な鑑別診断を前提として、「推奨される治療法」を次のように提示しています。
◆急性下痢症に対しては、まずは水分摂取を励行した上で、基本的には対症療法のみ行うことを推奨する
◆小児の急性下痢症の多くはウイルス性のため、抗菌薬投与は使用すべきでないと指摘されている。細菌による急性下痢症が疑われる場合であっても、多くは自然軽快するため、抗菌薬の使用は不要と指摘されている。海外の指針でも、抗菌薬治療を行う必要がある状況としては「全身状態が不良または免疫不全者のサルモネラ腸炎やカンピロバクター腸炎」など一部の症例に限定されている
◆健常者における軽症(日常生活に支障がない状態)のサルモネラ腸炎に対しては、抗菌薬を投与しないことを推奨する
◆健常者における軽症(同)のカンピロバクター腸炎に対しては、抗菌薬を投与しないこと を推奨する
◆O157などの腸管出血性大腸菌( EHEC)腸炎について、海外の総説では「抗菌薬使用により菌からの毒素放出が促進され、HUS(溶血性尿毒症症候群)発症の危険性が高くなる」こ とから抗菌薬投与は推奨されていない。抗菌薬投与がHUS発症増加と関連することが示唆されている。日本の小児を中心にした研究では、「ホスホマイシンを内服した者ではHUS発症率が低い」ことも報告されておりJAID(日本感染症学会)/JSC(日本化学療法学会) の指針では「現時点で抗菌薬治療に対しての推奨は統一されていない」とされている。なお、これらの指針では、EHEC腸炎に対する止痢薬に関して「HUS発症の危険性を高くするため使用しない」ことが推奨されている
急性下痢症においても患者・家族から「何も治療してくれないのか、抗生物質だけでもを投与してほしい」との要望が出されるケースがあります。手引きでは、医師から患者に対して、例えば「ウイルスによる『お腹の風邪』のようです。特別な治療薬(=特効薬)はありませんが、自分の免疫の力で自然に良くなります。子どもの場合は脱水の予防がとても大事で、体液に近い成分の水分を口からこまめに摂ることが重要です。最初はティースプーン1杯程度を10-15 分おきに与えてください。急にたくさん与えると吐いてしまい、さらに脱水が悪化するので、根気よく、少量ずつ与えてください。1時間くらい続けて大丈夫そうなら、少しずつ1回量を増やしましょう」などと説明することを提案しています。