ノーベル賞作家「ロシアは重篤状態、世界にとって危険」

 戦争経験者や原発事故の被災者ら、困難な状況に生きた庶民の声をすくい取ってきた作家・ジャーナリストのスベトラーナ・アレクシエービッチさん(68)が11月、来日した。昨年のノーベル文学賞受賞後は初めて。プーチン大統領のロシア社会をどのように感じ、東京電力福島第一原発事故後の日本はどう映ったのか。インタビューなどで語った。
 ――プーチン政権下のロシアをどう見ていますか。
 ロシアは重篤な状態で、世界にとって危険です。プーチンは問題を「力」で解決しようとし、核の使用の可能性も口にしました。
 国民はペレストロイカの時にさげすまれ、冷戦に敗れたと感じました。「今はロシアの時代だが、周りは敵に囲まれている」と思い込んでいる。ロシアは過去に日常的だった状態に戻りました。「意識の軍国化」です。ロシアほど、人々が軽々と戦争について語る国はありません。テレビには連日、新しい軍用機や軍艦が映ります。驚くべきは国民が再び強い軍になったと喜んでいることです。
 民主派の敗北はポーランドでもハンガリーでも起きて、フランスでもそうなる可能性があります。世界の人々があらゆるものにおびえ、古き良き時代と思い込んでいる過去に救いを求めようとしているのです。
 ――「知識人の役割が大切」とおっしゃっていますが、知識人の発言はむしろ反発を受けていませんか。
 (知識人は)自分が思っていることを言い続ける以外にないが、アメリカで起きていることも知識人に対する反抗です。人々は難しい物事に飽き、シンプルな解決に引かれています。世界が複雑になっていて、解答は見あたりませんから。信じる気持ちを失っています。
 必要なのは哲学者や作家たちが議論し、協議し、模索することです。そして政府に対し、「課題設定をしなさい」と求めることです。1人のひとが解決を知っているというのは単なる幻想。(アメリカで)答えを知っているのはトランプ(次期大統領)だけですね。「壁を造ればいい、追放すればいい」と。
 ――米大統領選では「ガラスの天井」が話題になりました。
 女性は自分たちの権利を求める闘いを続けています。ある種の平等が存在するのは、スカンディナビア諸国だけ。ある国の国防相が臨月の女性で、軍のパレードを指揮していました。それを見て、「この軍隊は戦地には赴かないだろう」と思いました。ロシアで同じような光景は想像できません。
 男は「軍人である」自分が好きです。武器は何をなすかを抜きにすればとても美しい。その高額なおもちゃを、男たちから奪い取るのは難しいわけです。
 いずれロシアは戦争をするでしょう。新しい世代がロシアで育っていて、ニューパトリオット(新しい愛国者)と呼ばれています。彼らは、プーチンですら「弱気だ」と非難する。ウクライナと戦争し、征服するべきだと言っている。恐ろしくなります。
 ノーベル文学賞にボブ・ディラン氏が選ばれました。文学は新しい形に広がったのでしょうか。
 ボブ・ディラン氏の受賞は、選考するスウェーデン・アカデミーが「若い」ということを証明しています。文学は芸術の中で最も保守的だと彼らは認識していたのでしょう。戦争と平和を問うだけが文学ではないと示したのではないでしょうか。
■福島原発事故 日本に「抵抗」ないのでは
 アレクシエービッチさんは1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の被災者の証言を丹念に聞き集め、『チェルノブイリの祈り』にまとめている。今回の来日でも、福島を訪ね、東電福島第一原発事故の被災者と直接対話した。
 福島訪問前のインタビューでは、原発事故について「どの国の権力も混乱を恐れ、『事態はコントロールできている』と言いますが、フランスやスウェーデンでは国への提訴が幾つも起きました。するべきは抵抗です」と語った。
 福島を取材後、東京外国語大での学生との対話イベントで福島で感じたことに言及し、「『チェルノブイリの祈り』に書いたことすべてを見た」と語りかけた。「それは荒廃しきった集落です。人々は住んでいた家を捨てる道を選びました。補償金が出ていますが、再び大きな家を建てるのは不可能です」「国は人命に全責任を負わない。できる範囲で暮らして下さいと言うだけ」
 一方でこうも指摘した。「日本には抵抗の文化がないのだと思います。ある女性は、祖父を死に至らしめたと国を訴えたそうです。それが何千件もあったら、国の対応も変わったかもしれません。国は軍事ではなく代替エネルギーを見つけることに投資すべきです」(高津祐典)
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 スベトラーナ・アレクシエービッチ 1948年、ウクライナ生まれ。ベラルーシ在住。84年、第2次世界大戦の従軍女性の声をまとめた『戦争は女の顔をしていない』を発表。『チェルノブイリの祈り』のほか、ソ連崩壊後の社会を追った『セカンドハンドの時代』など。