母の介護

 母の介護で、私が一番きついのはメンタル面です。行政や老人ホームの書類の手続きといった事務作業もありますが、それよりもメンタルです。
 この前、母を落語に連れて行きました。外出先でのトイレ問題は深刻で、自力歩行が難しい人を連れ出すのは大変なんですが、たまには外の風を感じてもらおうと、一大決心をして一緒に外出したのです。
 でも母は「あなたが行きたかったんでしょ? 来られて、良かったわね(私はあくまでお付き合いしてあげたの。あなたは私のお金で楽しめてよかったわね)」と言いました。
 ここで私がお金を出せば私の完全勝利ですが、そこまですると逆にかわいそうなので、「お金を出してくれてありがとう」と母に伝えました。
 私が欲しいのは「今日は連れてきてくれてありがとう。本当に楽しかった」という一言だけなんですが、実際の母は「楽しい思いをさせてあげたエライあたくし」という立ち位置。期待したような言葉など全くありませんでした。そういう母の言葉に、わかってはいてもどんどん心が折れていくんです。
 少し前に母のいる老人ホームで、母と94歳の女性が話していました。「息子には愚痴は言えないけど、娘には何でも言えるから本当に楽よね。娘を産んどいて本当に良かったわ」。娘は母のうっぷんやら愚痴のすべてを吸収するゴミ箱で、自分の分身として娘を育てた、と二人で意気投合していました。
 私は、姉と兄との3人きょうだいで、母は「長男教」です。一度、「そんなにお兄ちゃんラブで私に文句を言うなら、お兄ちゃんのところに行けば?」と聞いたら、母は一言、「そんなご迷惑はおかけできない!」と。
 ログイン前の続きここまで言い切ったら逆にあっぱれです。私の想像の斜め上をいったと思いました。
 兄は「母には遠くでいつまでも生きていてほしい」というスタンス。部外者の発想です。茶々は入れても、自分は手を汚さない。
 キーパーソンは姉で、事務的な手続きや夕食を母に届けることは姉がやっていました。私は母のメンタルを引き受けて、何度も繰り返される母の愚痴を聞く役目だったんです。
 うちに近い介護付き有料老人ホームに母を入れてから、キーパーソンが私に替わり、事務作業も全部私がやることになりました。しかし、何百万回も繰り返される「世界で一番不幸な私(母)」を拝聴するお役目は相変わらず私です。
 せめてメンタル面を支えて欲しい、と姉に頼んだら、「ごめん、それはできない」と。姉は「その話は前に聞いたから二度と言わないで」と母に言えるし、そうやって自分のメンタルを保ってきました。一方の私は、何でも「はいはい、そうですね。あなたが世界一不幸」と母の話を聞くので、母も言いやすい。
 なぜなら、私はこの母によって「ピエロ」として調教されて、早、半世紀なので、わかってはいても軌道修正が難しいのです。でも私はきつい。
 結局、いま75歳以上の年代の人には、息子には嫌われたくないし迷惑をかけたくないけれど、娘には「何でもやってね」という気持ちがある。親が長生きすればするほど、きょうだいの仲はどんどん悪くなるんじゃないか、一人っ子の方がむしろ楽なんじゃないかとすら思えてきます。
 親戚や母の知人たちからは「お母さんをよろしくね」と頻繁に言われます。母もそういう人たちにいろいろ不満を言うのでしょう。それでおばちゃんたちは私に「お母さんを大事にしてあげてね~」と何度も念押ししてきます。
 でも、私はこう言いたい。「私にも家庭と仕事がある中、母のところに週に2日は顔を出し、外出にも頻繁に連れ出し、病院にも付き添いをしという日々を繰り返し、もうすぐ4年めに突入だよ。これ以上、何をしろと? 『大事にしてあげてね』と思うなら、そう思う人が大事にしてあげてください!」と。実際は言えませんが……(「4年め」の前に、実家へ介護に通った6年間があるので、母の介護は10年めに突入します)。
 母はいま84歳。誰の世話にもなっていない、という姿勢は崩していません。世話になっていると認めたら敗北。親が上、子どもが下、という絶対的な価値観があって、自分の介護を娘がやるのは当然。しかもそんなに大変な思いはさせていないと考えているようです。親の介護経験がないまま老いてしまった、高度経済成長期の専業主婦の典型のような気がします。