【7】反転攻勢

【7】反転攻勢
3月16日。
自衛隊ヘリによる福島原発3号機、4号機燃料プールへの注水、決行。皆、祈るような気持ち。一滴でも燃料プールの水量を増やし、時間稼ぎをしたい。合わせて、国民と米国に向けて前進する姿勢を示したい。自衛隊のヘリには特殊な金属を床に敷き、放射線被爆を最小限にする工夫。それでも自衛隊員が普段以上の大量被爆になることは確実。
そして、空中放水による水蒸気爆発の危険性が拭いきれない。自衛隊員の生命と、東日本全体が危険にさらされる。防衛省や危機管理センターでは自衛隊機から報告がダイレクトに届くだろうが、テレビでも生中継が行われていたので秘書官室で見守ることに。総理には、作戦の決行が防衛省から告げられる。総理も同じように執務室で作戦の成功を祈る。
NHKの望遠レンズで捉えられたヘリは、かなりぼやけている。それでも、基地を出発し福島原発に向かう姿は頼もしかった。かたずを飲んで見つめる。秘書官室全員が立ちながらテレビを見つめ、そのままの姿で電話応答などの業務をこなしていた。
しばらくすると、福島原発近辺に到着。海で海水をすくい、いよいよ燃料プールへ。しかし、放水が始まらない。ぼやけた画面ではあるが、それでも放水が実行された気配がない。室内に不穏な空気が漂った頃、担当秘書官の電話が鳴る。秘書官が「作戦中止」と呟く。想定より放射線量が遥かに高かった為。
全員、うな垂れた。ようやく見えた前進が遠のいたようだった。
「すみません。。。」防衛省出身の秘書官が一番落ち込んでいた。他の秘書官らと皆でねぎらう。
作戦中止の詳細が総理に報告され、翌日、再実行と決定。決行時間は、既に予定されているオバマ大統領との電話会談の直前。オバマ大統領が懸念している2点、
・燃料プールの水位改善、
・日本政府の必死の覚悟、
この二つを背負った決死の作業は、自衛隊の一機のヘリに託された。自衛隊の実行如何が、様々なものを左右する状況となる。
17日朝。
早朝より緊張が高まる。秘書官室では前日と同じように、皆総立ちでテレビを見つめる。「頼むぞ!!!」そんな声が漏れていた。前日と同じように基地を出発。海で海水をすくい、燃料プールへ。昨日の実行部隊の報告によると、現場の線量は相当高く、隊員の健康が気にかかる。ただ、それ以上に、もう後がない環境だということも、官邸で画面を見つめる人間の総意だった。
ヘリが燃料プール付近に到着。昨日と同じ光景。なんとか放水を実行してほしい。固唾を飲んで見守る中、ヘリがいよいよ燃料プール上空へ。そして、次の瞬間、望遠レンズで捉えられた、ぼやけたヘリから水が落下。
「よし!!!」
3号機、4号機の頭上を通過しながら、水が放水された。これでどれぐらい燃料プールの水位を上昇させたかは判断出来ない。それでも、物事が前進して行く大きな一歩に感じた。暴走する原発に比べれば遥かにひ弱い人間が、決死の覚悟でようやく一矢報いた瞬間。
「やったなぁ!!」と秘書官室で歓声。
「良かった。。」と安堵する防衛省出身の秘書官。
秘書官室内にある、リアルタイムで株価を示すボードをみると、株価が急激に上昇していった。偶然か必然か、自衛隊の決死の行動直後に株価が上昇している。「とうとう自衛隊は株価まで影響を与えるようになったな。」そんな冗談がもれるほど、秘書官室は一時の喜びに浸る。
その後直ちに、外務大臣や北米局長が総理執務室へ。早速オバマ大統領との電話会談が始まる。私は秘書官室で待機。会談終了、外務省出身の秘書官が執務室から出てきた。秘書官は笑顔。会談は良好との報告。大きな懸念は払拭されたようだ。一同安堵。
翌18日。
震災以降、ひたすら買い続けられた「円」。一時、1ドル70円台の超円高となっていた。大震災に見舞われた日本に対し、投機的な動きがあることが原因。人の命がどうであれ、金儲けは続いている現実に悲しくなる。
だが、この日は潮目が変わる。朝から官邸内も慌ただしい。以前から極秘裏に調整していたG7による協調為替介入を実行する日。予定通り、協調為替介入開始。介入直後から、猛烈な円安に反転。「よし!」財務省出身の秘書官が声を上げる。つられて私も「行け!行けぇ!!」秘書官室でインジケータを皆で見つめて叫ぶ。その日、円は70円台から一気に80円台に戻した。
原発の注水作業は続く。自衛隊のみならず、東京消防庁まで参加して必死の注水を試みる。テレビでは東京消防庁の勇姿ばかりが放映されていたが、警察も悪戦苦闘の中、相当の努力をしてくれていた。過激デモを鎮圧する用?の放水車まで投入しての懸命の作業。もともとこの放水車は頭上ではなく、前面への放水を目的としているので、効果の程は疑問視されていたが、総理の強い意向で投入。案の定、高さが足りず、3号機、4号機への注水は出来なかった。
その失敗報告を総理にした際、警察出身の秘書官が強い口調で咎められた。もともと不向きと伝えていたのにもかかわらず、総理の強い意向で実行されたのだが。報告を終え、総理執務室から退出した際に皆で警察出身の秘書官を慰める。「総理ご自身が無駄骨承知って言ってたのになぁ!」。
いずれ、政府の持ちうるもの全てをかけて、震災と向き合っていた。それは、各省出身の秘書官らの奮闘にも現れていた。東電との統合本部の設置、自衛隊の放水、オバマ大統領との会談、G7による協調為替介入、各省管轄のありとあらゆるものによる放水作業。
数日間のこれらの出来事を経て、ようやく一方的な守勢から、攻勢に転換。原発の具体的な対応は、15日に設置した東電との統合本部に任せている。官邸側は細野補佐官らから報告を聞き、必要な指示をだす。情報共有も連携も大きく前進した。東電に設置された統合本部が中心となって事故対応にあたるので、官邸にいる私は、この時期を機に原発事故対応から一線をひいた。