【6】首都圏に放射性物質
15日早朝、東電本店。
しばらくすると、総理がいる小部屋には数人のみ。総理と向かい合って座るのは、勝俣会長。総理がおもむろに落ち着いた声で勝俣会長に一言。
「絶対に撤退は無い。何が何でもやってくれ」。
その総理の言葉に対する勝俣会長の返答は、返答の持つ意味の重さを微塵も感じさせない程あっさりとしていた。
「はい。子会社にやらせます」。
総理の隣で聞いていて、思わず身をのけぞった。適不適を論ずるつもりは無い。シビア過ぎて、怖かった。
再び小部屋に人が集まり始める。従前のメンバーと吉田所長との会話が続く。その途中、急に現場側が騒がしくなったのをモニターを通じて知る。
吉田所長「すみません、ちょっと中断します!!」
かまわず話しかける武藤副社長や総理。
吉田所長「いや、いまちょっと緊急事態です!!!!」
鬼気迫る声が響く。
吉田所長「爆発音があり!! おい! 作業員の退避云々・・・・!!」
現場では壮絶なやり取りがはじまる。2号機で爆発か、そう東電本店内でも大わらわになる。(とうとう、か。)と一層重い気持ちになる。
吉田所長「現場から退避させます!許可お願いします!」
小部屋を抜け、向かいの対策本部をのぞいてみる。社長以下、各本部長が馬蹄形の机に並んでテレビ会議システムの大きなモニターと向き合っている。
東電幹部「はい!じゃ、退避の文章案、総務部長読んでみて!」
モニターには退避にかかる案文が映し出されていた。「ここは直した方が良い」等々の会話があった。最後に清水社長が「これでいいね」と幹部に問いかける。(この緊急事態に文章作成????)と、その四角四面な対応を理解するのに時間がかかった。悠長さに驚く。その文章は直ちに向かいの小部屋の勝俣会長と総理に届けられる。統合対策本部長となった総理の決裁を仰ぐ。
勝俣会長「よろしいですか?」
総理「・・・・・注水の人間は残してくれ。。。注水の作業員を除いての退避は認める。」(さっきまでうたた寝してたのに、凄い決断をするんだな)と、内心驚く。
国のトップが国民の一部に対し決死の作業を命じた。多くの国民を守る為に、一部の人間に犠牲になってもらう、そんな決断だった。震えた。
勝俣会長「わかりました」。
爆発は予想以上に深刻だった。テレビ会議システムを通し、リアルタイムで情報が入ってくる。原子炉内の圧力の低下、飛躍的にあがる放射線量。種々の機器の故障。統合本部を結成した矢先に敗北的に深刻な状況が続く。胃が握りつぶされるような重圧がのしかかる。(もう、日本は終わるのか。。。。)
東電内にもうけた政府控え室で数人と打ち合わせ。総理をいつまでも東電に留まらせるわけにはいかない、との判断。閣議の日程があるので、それを機に官邸に戻る事に。誰が東電に留まるか、打ち合わせ。
海江田経産大臣と、統合本部の事務局長となった細野補佐官が残る事に。総理と福山副長官には官邸に戻ってもらう。自分はどうしようか悩んだが、残る事にした。これから居心地の悪い東電に留まり、ここから長丁場な戦いに挑む経産大臣と細野補佐官に申し訳ない。官邸に戻る際に福山副長官から「東電に飲まれるなよ」と一喝。その言葉は少し不快だった。
総理と副長官らが官邸に戻る。東電内の政府控え室に経産大臣、細野補佐官、私の三人がぽつんと残る。「置いてかれましたね」と、ぽつり呟く。急遽決まった東電との統合本部、東電乗り込み。勢いでここまできたものの、ここから実質的な立ち上げとなる。連日続く事故対応等に精神肉体共に限界に来ている三人だったが、もう一度気持ちを振り絞る。
「やるしかないよな」と細野補佐官。
しばらくすると、総理から電話。
総理「お前何処にいるんだ?」
「東電です」。
総理「いいからお前は戻ってこい」。
申し訳ない気持ちで東電を出ることに。くる時は総理車同乗だったので、自分の公用車がない。地下でタクシーを捕まえ、官邸の裏まで運んでもらう。この日の空はとても青かった。秘書官室の自席に戻ると、事務職員の女性2人がマスクをしていた。昨日までしてなかった。異常な雰囲気を感じ、自発的にマスクをしたのか。
統合本部の設置は、官邸に劇的な変化をもたらした。いままで滞りがちな情報が瞬時に官邸に届けられる。自席に定期的に配られる、原子炉の状況を記すペーパーの枚数も増えた。だが、そこに記されている現状は決して喜べるものではない。
昼過ぎだったと思う。携帯が鳴る。東電に常駐している細野補佐官からメール。そこには一言。
「渋谷の線量、通常の100倍」。
定期的に配られるようになった原発周辺の線量数値も、見た事もないような数字に跳ね上がっていた。
言葉が出なかった。何かが始まってしまったのか。どうなるのか。もう、東京はダメなのか。その後、テレビで自宅の窓を閉めるよう専門家の見解が示されたり、首都圏の水の汚染による、幼児への摂取自粛が報じられるようになった。いよいよ原発の影響が首都圏でも如実にあらわになってきた。「もうダメなのではないか」と言う雰囲気が醸成されている感じがした。
友人から「産まれたばかりの赤ちゃんがいるが、避難した方がいいか教えてほしい。絶対他人には言わないから」
「家の購入の期限が明後日に迫ってる。東京はもうダメなのか?契約はやめた方がいいか」
そんなメールが続々と寄せられた。現状の状況は東電の統合本部から送られてくるから解るが、それを分析する知識は私にない。今後の予測は、今まで数日の通り、誰も予測出来ていない。東電も、専門家も。答えられないメールが沢山たまる。
報道から「官邸の移転を検討しているとの話、本当か?」との問い合わせ。
少なくとも総理室にはそのような情報はない。「俺は知らない。誰かが個人的に考えているかも」と返答。
「天皇陛下が京都に移られたとの情報はあるが」との問いには「そのようなことはない」。
外交環境も深刻さを増していた。
「オバマ大
統領が相当悩んでいるらしい。もしかしたらアメリカ人全員の日本からの退避が近々決定されるかもしれない」。そんな話が秘書官室で語られた。アメリカ人全員の退避決定は、在留外国人全般に大きな影響を及ぼす。オバマ大統領の懸念は2点と言われていた。
統領が相当悩んでいるらしい。もしかしたらアメリカ人全員の日本からの退避が近々決定されるかもしれない」。そんな話が秘書官室で語られた。アメリカ人全員の退避決定は、在留外国人全般に大きな影響を及ぼす。オバマ大統領の懸念は2点と言われていた。
一つは、四号機燃料プールの状態。
もう一つは、日本政府の決死の覚悟。
今まで余り話題となっていなかった四号機だが、その状態は他の原発とは決定的に違う。震災発生当時、四号機は定期点検中で、発電に使われる核燃料棒は格納容器から取り出され、一時的に使用済み燃料プールに移動されていた。もっとも危険な物体が、幾重にも重ねられた格納装置から取り出されプールに浸かっているだけ。無防備な状態で、四号機は震災は迎えた。
すなわち「四号機プール」は、その蓄えられた水が無くなった瞬間、剥き出しの燃料棒が青空の下にさらされる事になる。たとえ水に浸かっていたとしても、その水は、燃料棒の持つ熱によって徐々に無くなっていく。命綱とも言える注水は、いまは震災によって止まっている。この身の毛もよだつ危険性は、最近になって東電から指摘された。その四号機プールの現状に関し、日米で分析が違っていた。
アメリカ側は無人偵察機グローバルホークを幾度となく原発上空に飛ばし、四号機プール周辺の温度を測定、独自に四号機プールの状態を把握分析していた。米国は、既に四号機プールは崩壊し、燃料棒が地上に転げ落ちているとの判断。
一方日本側は、自衛隊による温度測定等で状態を把握。分析は、燃料棒はかろうじて水の中にある、との判断。
この分析の違いからか、ルース米国大使の日本側への不信感は高い、と聞いた。官邸側と相当大喧嘩したとの話。アメリカ側の緊張も相当なもの。いずれ原発への注水は刻一刻を争っていた。知りうる限りの情報をこれからもアメリカ側に提供。そして、危機的状態にある四号機プール含め、原発に少しでも水を入れる手段の検討。
一つの結論が出される。北澤防衛大臣と、折木統合幕僚長が総理執務室に。自衛隊のヘリで、原発に空中から水を注入する作戦が検討される。非常に単発的な行為ではあるが、一滴でもプールの水量を増やす事が必要とされた。少しでも時間稼ぎが出来るのであれば、もっと持続的な注水方法を用意することができる。
強い強い難色を示す防衛省側。この自衛隊ヘリ注水作戦は、相当議論があったようだった。そもそも、そのような行為は自衛隊の行為とは想定されていなかったし、なにより、ヘリから真下のプールに注水した瞬間に、大きな水蒸気爆発が起きる可能性がある。大きな水素爆発は、決死の作業をしている自衛隊員の命を危険にさらす。その上、ヘリが原子炉の上に墜落でもしたら、一層の深刻事態を招く。
深い議論の末、実行されることになった。大きな判断だった。北澤大臣と、折木統合幕僚長の決断力と統率力に感服。翌日の16日、決行とのこと。具体的なことは知らないが、総理や大臣の指示ではなく、統合幕僚長による行動という整理に。法的な問題で総理や大臣が指示することは出来ないとのこと。