神が私に要請する隣人愛

神という概念の内容はひとによって違う
客観的に取り出してみせることもできないから
比較も難しい
言葉は届かないのが原則として一般的である
超越体験はもちろん言葉を超えているし
共有することも難しい

私の場合は
理性の極限としての神であるから
なにかお願いごとをするときの神とは随分違う

その神が私に要請するものは
端的に言えば隣人愛である
それだけだと言ってもいい
付け加えるとすれば
未来の隣人への愛である

過去を詮索するよりは現在をいきいきと生きて
その延長として未来に生きたほうがいい

神が私に要請するというのもおかしな表現である
神が私を愛してくださる
それに対する私の応答として私は隣人を愛する

上智大学に聖三木図書館というのがあって
入館は自由である
キリスト教関係の国内外の文献を収集している