テレビからCMが消える日

テレビからCMが消える日~『報道ステーション』と『笑点』「分刻み視聴率」分析で“ヤバい現状”が明らかになった スポンサーと局が抱える「矛盾」と「限界」
テレビCMからヒットソングが生まれ、商品も爆発的に売れる……そんな時代が遠い昔のことになりつつある。誰が見ているか掴めないテレビから、ネット広告に主役が代わろうとしているのだ。
■数字に追われる制作現場
「よくテレビ画面に嫌いな有名人が映ったらチャンネルを変える、なんて言いますが、実際に視聴者がチャンネルを変えるのはCMに入った瞬間です。CMはテレビマンにとって、なくてはならない収入源である一方、視聴率競争の最大の障壁なんですよ」(民放テレビ局編成担当社員)
本誌が入手したテレビ朝日の看板番組『報道ステーション』(6月3日分)の毎分視聴率のグラフを見れば、それは明らかである(下グラフ参照)。
この日の報ステは、『キリンカップサッカー日本対ブルガリア戦』の終了後からの放送だったため、開始時間は通常より10分早かったが、入り時間の瞬間視聴率は普段よりも約2%ほど高かった。
番組の冒頭から試合のハイライトが流れ、徐々に数字が上がってきたが……最初のCMに入った途端、ガクンと下がった。サッカーからの流れで見ていた若者が、CMをきっかけに視聴を止めてしまったのだろう。
「報ステの視聴者層は、50代以上が過半数で、意外にも女性が半数です。若者がたまたま視聴しても、なかなか放送内容に共感できないのでしょう。いつもの視聴者は22時前後になると、人気番組の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)や視聴者層が重なるNHKの『ニュースウオッチ9』の終了後から流れてくる人が多いんです」(テレ朝報道番組制作スタッフ)
そのタイミングに合わせて、「北海道・男児置き去り行方不明騒動」で7歳の少年がいかにして6日間も生き延びたのかを現地ルポした特集企画が始まり、視聴率はグングン上がっていく。途中でCMは一切ナシ。
そして、特集が終わり、CMに入ると数字は急降下してしまう。その後もCM明けに数字が上がり、CMに入ると下がる動きを繰り返す。最後のスポーツコーナーでまた盛り返すが、結局、またCMで下がってしまう。
「いつもそのパターンになりますね。プライムタイムは各番組とも毎分視聴率が細かく波を打ちます。ウチでは翌日の朝9時には前日の毎分視聴率表が編成部や担当プロデューサーの元に届く。その表に若手スタッフがCM時間や放送内容を細かく記入します。それを基に今日はどこにCMを入れるかを決めるのが、プロデューサーの腕の見せ所です」(テレ朝社員)
CMで視聴率が下がるのはもはや仕方ない、どうすれば最小限に食い止められるか、日々悩んでいるのだという。
本誌は日曜夜9時からのTBSの日曜劇場『99・9 刑事専門弁護士』と日本テレビの『行列のできる法律相談所』の毎分視聴率を比較したが、確かに片方がCMに入り数字が微減すると、片方の数字が微増する。
「目端が利くプライムタイムのバラエティ番組のプロデューサーだと、同時間帯の他局のドラマの第1回放送分の台本を入手して相手の出鼻を挫こうとします。向こうが山場に入る直前のCM中に、こちらはキラーコンテンツの煽りを入れるんです。逆にこちらの中身が弱いときは、向こうとCMの時間を合わせようとしますね」(同前)
日本民間放送連盟は、プライムタイムの番組内で放送できるCMの時間量を定めている。5分以内の番組なら1分以内、10分以内の番組なら2分以内、60分以内の番組なら6分以内となる。
「少しでも増やすために、54分の番組と6分の番組で構成して、1時間の番組内で8分のCMを放送できるようにするのが当たり前になっています」(大手広告代理店社員)
しかし、CMの時間を少しでも多くし、広告を出稿してくれるスポンサーのために視聴率を追うのに、そのCMのせいで数字が落ちるというのは、なんという矛盾だろうか。
民放の情報番組制作会社スタッフが語る。
「取材してVTRを作るスタッフは、CMが入るタイミングまで考えている余裕はありません。ですから、不自然なつながりになる。それでも視聴者をつなぎ止めるために、CMに入る前に『衝撃の映像がついに!』と煽りのテロップを入れますが、CM明けには大したことは起きない。そんなことを繰り返しているうちに視聴者も嫌気が差すという悪循環が起きています。
局の幹部は、0・1%でも数字を上げろと言いますが、わずかに上がったところで、番組の広告料金の単価はすでに上がりきっているわけですから、広告収入が上がるわけでもなく、制作スタッフに還元されるわけでもありません。
民放キー局においては、視聴率というのは、もはや局員の評価指標でしかないんです。プライムタイムでどシングル(5%前後)の数字を取ったら、担当を外されてしまうから、10%は確保したいという意味しかないのです」
■視聴者の「超高齢化」
もはや視聴率と広告料金は連動していないというのだ。メディアコンサルタントの境治氏はこう解説する。
「ここ5年間を考えると、HUT(総世帯視聴率)が上がった年に放送収入が下がったこともあれば、逆にHUTが下がったのに放送収入が上がった年もあります。企業が使う広告費は必ずしも、視聴率に連動して上下するものではないんです。むしろ、GDPとの連動性のほうが高いと言われています。そういう点でも、これからのテレビCMは厳しいですよね」
一方、現在、視聴率トップを独走する日本テレビの看板番組『笑点』の毎分視聴率の動き方は、前述の報ステとはまったく異なる(右グラフ参照)。
6月12日の放送では、前座である「サンドウィッチマン」のコントが始まった時点で視聴率はすでに15%前後。ここからなだらかに上昇し、番組開始から12分後、大喜利がスタートしたときには20%を超えた。しかもCMの時間を挟んでも、番組終了まで数字が落ちることはなかった。なぜ「CMの谷」がないのか。

「もちろん新司会者である春風亭昇太さん、新メンバーの林家三平さんに注目が集まっていることもありますが、最大の理由は『笑点』の視聴者層が50代以上が約75%であること。高齢者の多くは新しい番組を探すのではなく、『視聴習慣』で見ていますから、CM中にザッピングすることがないんです」(日テレ関係者)
笑点の平均視聴率は同時間帯でブッチギリ。2位の『報道ステーションSUNDAY』(テレ朝)とは最高視聴率で16%の差がある。
だが、CMについては不安があるという。
「実はF1層(女性20~34歳)の視聴者層は2%ほど、M1層(男性20~34歳)も同程度しかいません。そのため現在、出稿量が多い携帯電話会社や携帯ゲームのCMは、笑点では流れていません。
今は問題ありませんが、もし景気が悪化して現在のスポンサーが降りても、IT企業が出稿してくれるかわからない。逆に『SMAP×SMAP』(フジテレビ)などは、視聴率はさほどではありませんが、スポンサーに人気の枠です。視聴者の大半が若い女性という貴重なプライムタイムの番組で、化粧品会社などが広告を入れます」(大手広告代理店社員)
博報堂DYメディアパートナーズのアンケート調査によれば、'14年と'15年を比べると60代女性の1日のテレビ接触時間は約187分から約251分に大幅に増加している。
「この調査によれば、年配女性のテレビ視聴時間が増えて、年配の男性は減っています。もともと人口の多い年配層は視聴率への影響が大きく、テレビ局の優秀なスタッフは『年配の女性は何が見たいのか』と考えて番組作りをしている。
いまは若者がテレビ離れをしているのではなく、テレビのほうが進んで若者から離れていっているように思えます。短期的に視聴率を獲っても、将来の収入につながらないのであれば、努力の意味がないのではないでしょうか」(前出・境氏)
フジテレビの夏の恒例、『27時間テレビ』もピンチに陥っている。
「スポンサー集めが難航しており、十分な制作費が捻出できないかもしれません」(フジ関係者)
視聴者層がはっきり分からない番組の典型ゆえにこれは当然だろう。
■ある日突然死する
元テレビプロデューサーで、上智大学教授(メディア論)の碓井広義氏が語る。
「テレビCMの価値がどんどん下がっていく流れはもはや止められるものではありません。たくさんの人が、同時に同じ情報に触れる。これがテレビというメディアの媒体価値だったわけです。
しかし、現在では、決してユーザーの優先順位のトップにあるとは言えない状況になってきました。視聴率が10%を超えれば合格という今の時代に、企業がかつてと同じだけの広告費をテレビに投入できるかというと、そうはいきません」
電通の発表によると、'15年のテレビ広告費は1兆9323億円(前年比98・8%)、対するネット広告費は1兆1594億円(前年比110・2%)と追い上げている。
広告業界に詳しいマーケティング会社インテグレート代表の藤田康人氏が言う。
「いま広告業界とテレビ業界で恐れられているのは、『テレビCMの突然死』です。私たちの調査では、テレビCMの視聴者へのリーチ(到達率)が最大40%というケースもありました。
これが30%、20%となった瞬間に、特に若者向けに事業をしている企業が『もうテレビ広告は必要ない』と一斉に見切りをつける日がくるかもしれません。すでに『この商品は若者向けだから、テレビCMはナシでプロモーションしよう』という企業が増えています」
ある民放テレビ局の社員はこう漏らす。
「ウチの中学生の娘は、普段はタブレットPCを使って、有料動画配信サービス『Hulu』で海外ドラマばかり見ています。『CMがないから見やすい』って。たまにテレビでバラエティを見ても、CMに入るとスマホをいじり出して、画面をまったく見ていません」
テレビを見ながら、スマホを利用する人は6割におよぶという調査結果がある。当然、CM中はテレビに集中していない。皮肉なことに携帯電話会社を筆頭に、ドラマ仕立てのCMを作って対策を講じているが、果たしてどれくらいの人が内容をしっかり見ているのか。
■ビジネスモデルの終焉
若者のテレビ離れ、録画が便利なハードディスク・レコーダーの普及、スマートフォンの登場などテレビCMがパワーダウンした要因はいくらでもある。スポンサーから広告料金を取り、無料で番組を流すビジネスモデルに限界が来るのは自明だ。
すでに「WOWOW」と「スカパー!」が健闘している。有料放送が浸透し、視聴者は見たいものをカネを払って見るようになってきたのだ。
では、テレビCMが危険水域に達する時期はいつなのだろうか。
前出・藤田氏が続ける。
「節目として東京五輪が開催される'20年があります。そこまではなんとか景気も持つでしょうが、その一方で、五輪に向けてデジタルのインフラ整備も進んでいきます。そのときテレビの力がどれぐらい落ちているか、テレビに代わるネットがどれだけ力を付けているのかが、ポイントになります。
五輪の後は、どこの国でも景気が下がる。そして、'20年から'23年にかけて世代交代が進みます。テレビとネットのバランスが崩れたとき、まさに『テレビCMの突然死』が起こる可能性があります」
'23年には人口の半分が50歳以上になる一方で、幼少期からインターネットに触れてきた世代が20~30代となる。社会の中心世代が「テレビ世代」でなくなるのだ。
元フジテレビ解説委員で、ウェブメディア「Japan In-depth」編集長・安倍宏行氏が言う。
「番組中に入るCMは少ないほうがいいというのが、制作現場の正直な気持ちでしょう。日テレは『Hulu』を傘下に持ち、去年はドラマを共同制作しました。その時に、番組関係者に話を聞いたら、『CMの時
間を気にせずに作れるのがいい』と。なおかつ、放送コードに縛られないために制作の自由度も高まるとも言っていましたね。
テレビ各局はいま必死に事業の多角化を行っています。放送事業収入だけに頼るわけにはいかないという危機感が経営者の中にもあるんです」
テレ朝はインターネットテレビ局「AbemaTV」をスタートさせ、フジもIT企業「グリー」とVR(バーチャルリアリティ)コンテンツの制作配信事業に進出する。
各局とも「テレビCMが消える日」に備えて、新しいビジネスモデルを模索しているわけだが、先行きは不透明。