パリで、ブリュッセルで、中東各地でテロが止まらない。イスラム教の若者の過激化をどう防ぐか。多くの人が方策を論じる。しかし、欧州を代表するイスラム世界専門家オリビエ・ロワ氏の見方は異なる。「今の現象はイスラム教徒の過激化でなく、過激派のイスラム化だ」。学界やメディアで注目を集めるその主張を聴いた。
―昨年はフランスで風刺週刊紙「シャルリー・エブド」襲撃事件、パリ同時多発テロと、イスラム過激派の大規模テロが相次ぎました。今年も3月にブリュッセルで連続テロが起きるなど、緊張状態が続いています。何より衝撃的なのは、容疑者たちがいずれも、欧州に生まれ育った若者たちだったことです。彼らがシリアに渡って過激派組織「イスラム国」(IS)に加わるのも、それから自国に戻ってテロを企画するのも、理解を超えています。
「彼らは往々にして『謎めいた存在』と思われがちです。しかし、実際には、彼らに関する捜査当局やメディアの情報は多い。それを検証する限り、過激になる前から敬虔(けいけん)なイスラム教徒だった若者は全くいません。布教にいそしんだ人、イスラム団体の慈善活動に従事した人も、皆無に近い。イスラム教徒への差別に抗議の声を上げもしなければ、学校での女生徒のスカーフ着用を巡る議論に関心も持たなかったのです」
「彼らは礼拝もせず、逆に酒や麻薬におぼれ、イスラム教が禁じる食材も平気で口にしていました。例えば、昨年11月のパリ同時多発テロ現場にかかわったとされるサラ・アブデスラム容疑者はその数カ月前、酒場で酔っ払ってどんちゃん騒ぎをしていたことが、映像から確認されています」
「彼らの多くはまた、自動車盗やけんかや麻薬密売といった犯罪に手を染め、刑務所生活を経験しています。つまり、ごく平凡な『荒ぶる若者』に過ぎません」
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――でも、その多くはイスラム教徒の家庭の出身ですよね。
「データによると、こうした若者の6割以上が移民2世です。移民1世や3世はほとんどいない。残りは、キリスト教家庭からの改宗者が多く、全体の約25%に達します。テロが起きたフランスやベルギーに限らず、欧州各国で同様の傾向がみられます」
「フランスを例に取ると、移民1世が信じるイスラム教は、彼らの出身地である北アフリカの農村部に根付いた共同体の文化です。しかし、1世はそれを2世に引き継げない。フランスで育った2世たちは親たちの言語を話せず、仏文化を吸収しているからです」
「親の宗教文化が伝わらないのは、改宗者も同じです。改宗という行為そのものが、引き継ぎを拒否する姿勢なのですから」
――親子間の断絶ですか。
「今起きている現象は、世代間闘争です。若者たちは、自分たちを理解しない親に反抗し、自分探しの旅に出る。そこで、親のイスラム教文化とは異なるISの世界と出会う。その一員となることによって、荒れた人生をリセットできると考える。彼らが突然、しかも短期間の内にイスラム原理主義にのめり込むのはそのためです」
「彼らが魅せられるのは、ISが振りまく英雄のイメージです。イスラム教社会の代表かのように戦うことで、英雄として殉教できる。そのような考えに染まった彼らは、生きることに関心を持たなくなり、死ぬことばかり考える。自爆を伴うジハード(聖戦)やテロは、このような個人的なニヒリズムに負っています」
「テロには、兄弟そろってかかわるケースが非常に多い。『シャルリー・エブド』襲撃事件のクアシ兄弟、パリ同時多発テロのアブデスラム兄弟から、2013年に米ボストン・マラソンの会場で爆弾テロを起こしたツァルナエフ兄弟まで、イスラム過激派テロの容疑者の約3分の1が兄弟です。これは、親世代に対抗するために力を合わせる子世代の意識の表れだと分析できます」
――親に反抗する子どもというと、今に限らず、いつの時代にもいたように思えます。
「こうした現象が初めて顕著になったのは、中国の文化大革命でした。若者たちが親を『打ち倒すべき敵』と位置づけ、ちゃぶ台をひっくり返して、すべてをゼロから始めようとした。1960年代以降、このように親の世代を否定する過激派現象が世界で吹き荒れました。68年のフランスの学生運動『5月革命』、テロを展開した『ドイツ赤軍』、カンボジアで虐殺を繰り広げた『クメール・ルージュ』は、みんなそうした例です。若者による親殺しなのです」
「しかし、冷戦が崩壊し、共産主義はもはや若者を魅了しなくなりました。左翼思想は辛うじて生き残っていますが、インテリやブルジョアのたしなみに過ぎない。移民街の貧しい若者を魅了しません。彼らの反抗のよりどころとして、現代に唯一残ったのが、イスラム教のジハード主義です。若者たちは今、テロ組織『アルカイダ』を率いたオサマ・ビンラディン容疑者を、革命家チェ・ゲバラになぞらえるのです」
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――政治家や専門家は、イスラム教徒やイスラム社会の過激化をどう防ぐかについて論じます。
「だけど、現在起きているのは、若者たちの個人的な意識に端を発する現象です。イスラム社会が過激化したわけでも何でもない。イスラム社会が抱える問題とは全然関係ありません」
「だいたい、欧州に『イスラム社会』などというものが存在するとは思えません。もちろんイスラム教徒は住んでいますが、彼らが一つのコミュニティーを形成しているわけではない。フランスにもベルギーにも『イスラム社会の指導者』なんていないし、『イスラム票』『イスラム・ロビー』も見当たらないのが現実です」
――パリやブリュッセルのテロを起こした集団の拠点は、ブリュッセル郊外でイスラム教徒が多く住むモランベーク地区でした。ここではイスラム過激派の浸透が懸念されていますが。
「確かに、イスラム復古主義者が運営するモスクはあります。でも、逆に見るとそれだけで、彼らが街の一部を支配して例えばシャリア(イスラム法)を施行しているわけではありません」
「移民出身のイスラム教徒系住民の層は、社会的に恵まれない層と、往々にして一致します。つまり、麻薬の
蔓延(まんえん)や過剰飲酒などこのような地区が抱える問題は、イスラム教によるものではなく、社会的要因に基づくものなのです。むしろ、マフィアの存在、地下経済の広がり、行政の無策が生んだ状況だと考えられます」
蔓延(まんえん)や過剰飲酒などこのような地区が抱える問題は、イスラム教によるものではなく、社会的要因に基づくものなのです。むしろ、マフィアの存在、地下経済の広がり、行政の無策が生んだ状況だと考えられます」
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――何でもかんでも「イスラム教だから」と説明するのは間違いなのですね。
「しばしば指摘される過激派の暴力的、威圧的な態度も、イスラム主義に限ったものではありません。若者文化、ストリート文化につきものなのです。ロサンゼルスのヒスパニック系ギャングにも、シカゴの一部の黒人集団にも、同様の傾向がうかがえます」
――イスラム過激派のテロとの戦いが世界の課題ともいわれていますが。
「『イスラム過激派の脅威』があちこちで叫ばれますが、現実とはかけ離れた、いわゆる『空想的地政学』の産物に過ぎません。中東で起きている紛争も、実際には宗教的要素が薄く、基本的に国家間の争いだと位置づけられます。その過程で、国家が国境を管理できなくなり、国内少数派をうまく扱えなくなったのが現状です。IS問題の原因もそこにあります」
――欧米はISに対する空爆を続けています。
「確かに、現地でISと戦う勢力への支援にはなるでしょう。ただ、その軍事行動に『テロとの戦い』などの思想的な意味づけをしてはなりません。欧米との決戦を掲げるIS側の思うつぼです」
「実際には、シリアの紛争は『テロとの戦い』でも何でもありません。地元の事情に基づく地域紛争なのです。イラクの紛争も、西アフリカのマリの紛争も、みんな固有の事情に基づいています。それを無視して『イスラムのテロリスト』のレッテルを相手に貼るばかりならば、物事の本質を見失うことになるでしょう」
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Olivier Roy 欧州大学院大学(EUI)教授 1949年フランス生まれ。仏国立科学研究センター主任研究員などを歴任。邦訳著書に「現代中央アジア」。
■取材を終えて
ロワ氏は、研究者として型破りの経歴を持つ。10代で国外を放浪しアフガニスタンに流れ着いた。その後高校の教師になったものの、旧ソ連のアフガン侵攻の際は義勇兵として現地に戻り、銃を手に戦った。テロ組織「アルカイダ」のメンバーは戦友だ。
戦場でイスラム過激派と議論を重ねた経験が、今の研究を支えている。中央アジアや東南アジアを含めて俯瞰(ふかん)するロワ氏のダイナミックな視点は、中東の枠内で調査分析に携わる場合が多いイスラム研究者の中で異彩を放つ。
近年は欧州とイスラム世界との将来像を、EUIの学生らと模索している。テロの恐怖から脱却する糸口がそこに見いだせると期待したい。(論説委員・国末憲人)