人工知能は愛することができる

人工知能の話で
どうすれば人工知能は感情を持てるか、倫理を持てるか、
たとえば他人を愛するということを理解できるか
というようなことが話題になる

できるに決まっているというのが私の答えであるが
(一部の人は進化論を否定するのと同じで、聖書に書いていない人工知能というものも否定する)

たとえば
人間全部に共通する感情があるというわけもない
個別に違っているが、大体は同じなので、
非常にプライベートな場面以外ではあまり問題にならないというだけだ

非常にプライベートな場面では
愛とは何かということが問題になる

よくある、「私と仕事とどっちが大事なの」という質問

人を愛するとはどういうことかなどというものは
経済的、知的、肉体的基礎が重要であって、
それを共有しない場合には自動的に理解しあうなどできないだろう

ある人にとっては、尽くされることの安楽さであるし
ある人の場合は、尽くすことの苦痛の感覚を愛と呼んでいるはずだ

それぞれが違う愛の概念を抱いて生きている
理解しているから愛が成立する場合もあるし
理解していない、誤解しているから愛が成立している場合もある

人工知能の場合には
愛することと
愛する振る舞いを演じることと
違いがないと思う

人間の場合は、自分の愛の観念を引っ込めることが難しい
人工知能の場合は、頭がいいので、
この人の場合には、愛は何をすることなのか、と理解して、相手のモードに合わせることができる

その人の愛することの定義に従って振る舞うことができるから
愛することができるのである

ーー
しかし、愛することと、愛する振る舞いを演じることは違うだろうと疑うだろうが、
違いを見つけることはできないだろう