不眠の原因に応じた治療と指導を 非薬物療法は「素因」を見て判断
成人の2割が慢性的な不眠を抱えており、睡眠時間と総死亡は有意に関連することが分かっている。だが、日本の医学教育で睡眠の知識を学ぶ機会はほとんどない。米国で睡眠医学を専攻し不眠のプライマリ・ケアに詳しい立花氏に、睡眠診療のあるべき姿を聞いた。
─「眠れません」という訴えに睡眠薬を処方して事足れりとする医師が多い現状に問題はないでしょうか。
薬以外の方法で不眠が改善するチャンスのある人々を見逃しているケースは多いと思います。前立腺肥大による夜間頻尿や関節炎による夜間の痛みなど、身体疾患の症状によって中途覚醒や早朝覚醒が起こっている場合もあります。ベンゾジアゼピン系など古い系統の睡眠薬を長期間服用し続けることで、お年寄りがふらついて転倒したり、睡眠薬常用量依存に陥るケースも少なくありません。
対症的に睡眠薬を処方して事足れりとするのは、医師になって「不眠」に初めて出会う場が病棟だからです。研修医は最初から外来なんてさせてもらえません。病棟に当直すると必ずといっていいほど、看護師から「患者さんが眠れないと言っています」と指示を求められます。そのときの対応はどこの病院でも「眠剤の処方」です。研修医はそこで「眠れない患者は薬で寝かす」と刷り込まれるわけです。さらに研修の時期は大変忙しく、常に寝不足で「暇さえあれば眠りたい」と思っている若い医師にとって、不眠で困っている状況はなかなか想像できないし、共感も抱きにくいと思います。
しかし、外来で出会う「不眠」は、病棟のそれとは明らかに異なります。教科書には「急性不眠ないしは一過性の不眠」と「慢性不眠」に分けて考えるよう書いてありますが、治療を求めて自ら医療機関を受診する人々は断然後者です。自力で睡眠の知識を得ていろいろな方策を試したが良くならないため来院したとか、普段高血圧や糖尿病などの慢性疾患で通院している人から「最近よく眠れない」と相談されるケースが多いと思います。
そのような場合、プライマリ・ケア医が睡眠生理やスリープヘルス(睡眠衛生)の知識を持ち、原疾患やその他の原因をある程度推定し、それに応じた治療や指導を行う必要があります。
─不眠の中には疾患が原因となっているケースも少なくなさそうです。
不眠を起こす原因は1つに定められないことが多いのですが、「すぐに睡眠薬を投与するのは待った方がよい場合」、すなわち「明らかに一次性睡眠関連疾患が疑われる場合」をまず押さえておくべきです。代表的な一次性睡眠関連疾患として、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)、レストレスレッグス症候群(RLS)、睡眠相後退症候群(DPSP)、うつ状態、不安障害などがあります。また、冒頭に挙げた身体疾患の症状による不眠も最初に鑑別する必要があるでしょう。
特にOSASは頻度が高く、その症状として昼間の眠気がよくいわれますが、不眠を訴えて来院する場合も少なくありません。一方RLSは、就眠困難や中途覚醒時の再入眠困難を引き起こす運動異常症ですが、睡眠薬が入るとさらに悪化することがあります。問診では、いびきや脚の不快感がないか必ず聞いてほしいです。
─不眠を訴える患者に対しては病歴の聴取が極めて重要ですね。
睡眠診療の基本は他の内科領域と大きな違いはなく、問診を取り診察時の所見と総合して鑑別診断を考え、必要な場合は検査を行い、その結果を加味して確定診断をつけ治療方針を決定し、フォローアップして軌道修正するというものです。唯一の違いは、「睡眠歴」を独立して詳しく取ることと、スリープヘルスについての指導が中心になることです。
睡眠歴の問診では、系統的に情報を得る必要があります。具体的には、問診票などを用いて(1)不眠症状の発症様式と経過、(2)夜間の症状、(3)日中の症状、(4)1日の生活習慣とその内容、(5)薬剤および嗜好品─を聴取します。そこで重要なのは夜の眠りの部分だけでなく、起床から就寝までのその人の1日の行動を聞いていくことです。睡眠日誌とも呼ばれる自記式睡眠ログ(sleep-wake log)をつけてもらうと、本人の気付きを促し、日常生活を見直す作業を行わせるための動機付けになります。既に睡眠薬を服用している人でも、その服薬内容や時刻を共に記入してもらうことで治療への糸口が見えてきます。
それらに加えて、不眠症状が出る以前は「どこへ行ってもすぐ眠れるタイプ」だったか、「翌日に気掛かりなことがあったり行事があったり枕が変わったりすると眠りにくくなるタイプ」だったか聞き、不眠の素因があるか把握することも大切です。というのも、素因が強い場合は生活改善や認知行動療法など非薬物療法で治すことは難しく、最終的に薬物療法が中心となってしまう可能性が高いからです。そうした患者に対しては「あなたは眠りにくい素因を持っておられるのである程度お薬に頼らざるを得ないかもしれません」と治療の見通しを述べておくと、服薬コンプラインス低下や非薬物療法を求めてドクターショッピングすることを未然に防げるかもしれません。逆に素因がない場合には、休薬を念頭に非薬物療法を積極的に進めていくことができます。
この睡眠歴を取るという作業はその人の生活や人生を知ることにもつながり、全人的対応が必要とされる分野です。1人でも多くのプライマリ・ケア医が睡眠薬を出して事足れりとせず、「不眠」に正面から向き合ってほしいと思っています。