安倍政権が成立する直前の2012年8月、今国会で審議されている法案の内容をまるで“予言”したかのような文書が米国によってつくられていた。
「第3次アーミテージ・ナイ・リポート」(正式名称は「日米同盟 アジアの安定を繋ぎ留める」)。米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が発表したこの報告書は、共和党のアーミテージ元国務副長官、民主党のクリントン政権で国防次官補を務めたハーバード大教授のジョセフ・ナイ氏など、米国の「知日派」の大物と言われる人物が中心となってまとめられたものだ。
アジアの情勢を分析した上で、安全保障や経済などの分野で、日米両国にさまざまな「改革」を提言している。00年の第1次報告書、07年の第2次報告書に続く第3弾だ。
報告書は導入部分からいきなり、日本に鋭い選択肢を突きつけてくる。
<日本には決断しなければならないことがある。日本は「一流国」であり続けることを欲するのか、「二流国」に成り下がることに甘んじるのか。日本国民と政府が「二流国」のステータスで満足するというなら、この報告書は関心を持たれないだろう>
「一流国」であり続けたいなら、自分たちの提言を聞け、というのである。この文章はさらに、
<今や日本で最も信頼された組織である自衛隊は、もし時代錯誤の制限が緩められたなら、日本の安全と名声を高めるため、より大きな役割を果たす準備ができている>
と続く。自衛隊への「時代錯誤の制限」とは、言うまでもなく憲法9条に基づいた「専守防衛」の方針のことだろう。報告書は平和国家・日本の根幹を揺るがすような大変革を迫っているのである。
報告書は続いて、中国や朝鮮半島の情勢などを分析した上で、安全保障政策について、さまざまな「改革」を求めている。その中に、こんなことが書かれていた。
<政策の変更は(中略)より軍事的に積極的な日本、もしくは平和憲法の改正を求めるべきだ。集団的自衛の禁止は同盟の障害だ>
安倍政権がその後閣議決定する集団的自衛権の行使容認をハッキリと迫るばかりか、なんと憲法改正にまで踏み込んで要求してきているのである。
それだけではない。安倍政権が集団的自衛権行使の具体例として挙げている中東・ペルシャ湾のホルムズ海峡が封鎖された場合の機雷の除去についても、
<ホルムズ海峡を封鎖するというイランの言葉巧みな意思表示に対し、日本は一方的にその地域に掃海艇を派遣すべきである>
と、まったく同じ方針を述べているのだ。
自衛隊の活動範囲についての言及も、注目に値する。
<現在、(日本の)利害地域は遠く南へ、そしてはるか西、中東まで拡大している>
<(日米)同盟はより強固で、共有され、相互運用可能な情報・監視・偵察の能力と、日本の領域をはるかに超えて拡張した運用を必要とする>
周辺事態法から「周辺」の概念を取り払い、自衛隊の海外活動の範囲を地球の裏側まで広げる「重要影響事態法案」の趣旨に、見事に一致するのである。
報告書の要求はほかにも、安倍政権が進める政策との一致が多い。「武器輸出三原則」の撤廃や「特定秘密保護法」の制定など、いくつかの要求はすでに実現している。
これでは安倍政権の政策は、まるで米国の報告書の「コピペ」(丸写し)ではないか。元外務官僚の孫崎享氏がこう解説する。
「この報告書はあくまで民間のシンクタンクがまとめたもので、公式な日本政府への要求ではありません。ただ、書かれた内容は米国の国防関係者や軍需産業界などの意見を集約したもので、これに近いことが米政府から日本側に伝えられていると推測できます」