女性の出産後に訪れることのある夫婦の危機

採録

 夫に嫌悪感を抱き、性生活など考えられなくなる。女性の出産後に訪れることのある夫婦の危機だ。テレビ番組で“産後クライシス”と名付けられたのを契機に、ここ2、3年、雑誌で特集が組まれるなど関心が高まっている。一定期間を過ぎれば元に戻るケースも多いが、深刻なケースでは妻がセックスを拒否し続けて離婚につながる場合もあるとされる。待望の赤ちゃんに恵まれ、幸せいっぱいのはずの夫婦に何が起きるのか。
 ■「しゃべるのも苦痛」と夫の帰宅前に就寝
 「出産後、夫としゃべるのも苦痛になった」
 さいたま市の会社員、山崎由希さん(28)=仮名=は、2人目の子作りが難しい状況だという。「出産前は2人で出かけたり、食事したりすることがとても楽しかったのに、今は考えられない」
 長男(2)を都内の実家近くの病院で出産し、生後1カ月を過ぎた頃、自宅に戻った。そのときから、夫の隆さん(31)=同=と過ごす時間を息苦しく感じるようになった。
 仕事から帰った隆さんが由希さんとコミュニケーションを図ろうと「今日はどうだった?」と話題を振っても、由希さんは子供を抱いたまま「普通だよ」とそっけなく返事をするだけ。隆さんと接触するのを避けるため、夜は隆さんの帰宅前に寝るようにしている。
 由希さんは「初めての育児でいっぱいいっぱい。子供のことを第一に考えなければいけないのに、夫のことも考えるのは無理」。一方、隆さんはこうした由希さんの態度を「(出産前と)別人のようだ。子供のこと以外の会話がほぼなくなり、2人きりの時間を過ごすこともなくなった」と肩を落とす。
 由希さんは「半年ほど前から2人目がほしいと思うようになったが、このままではずっと無理だと思う」。隆さんも「もう俺のことは好きじゃないのかな。拒絶されるのはさすがにつらい」と悩んでいる。
 ■育児と家事でへとへと
 「夫に子育ての相談をしても無関心。私が仕事から帰った後も育児や家事でへとへとなのに、求めてくる夫が性欲の塊のように思える。2人目が欲しいけど、できそうにありません」
 こう話すのは、東京都の会社員、岡本結子さん(28)=仮名=だ。
 平成24年秋に同い年の夫と結婚し、1年後に長男(1)を出産した。互いの仕事の都合で妊娠中から別々に生活していた上、結子さんが産前産後に5カ月も実家に帰り、夫のいない生活に慣れてしまった。ようやく家族3人の生活を始めたとき、夫は家事をせず、結子さんは「世話しなければいけない相手がもう1人増えた」と負担感を覚えたという。
 気が付けば、もう3年もセックスをしていない。「今は子供がいるから一緒に生活しているが、2人っきりになったらどうしていいか分からない」
 ただ、夫が一方的に悪いとも言えない。結子さんは「夫は家事ができないから」と頼もうとしない。せっかく乾燥機や食洗機といった便利な家電をそろえたのに「電気代を少しでも節約して教育費をためたい」と使わず、自分を追い込んでいる面もある。育児で手一杯になり、周りが見えなくなっている可能性もありそうだ。
 ■出産で母性にスイッチ
 夫婦が危機的状況となる期間は、人によって1年や2年など差がある。厚生労働省が平成23年、母子家庭の実態を調査した「全国母子世帯等調査結果報告」では、離婚時の末の子供の年齢は「0~2歳」が最も多く35・1%を占めた。その次が「3~5歳」の20・9%。子供が小さいときほど、離婚を選択する夫婦が多いことが分かり、因果関係を指摘する意見もある。
 「妻の変化にショックを受けた夫が、寂しさから浮気に走ることもある」と話すのは、育児工学が専門の小谷博子・東京未来大准教授だ。「浮気が原因で離婚に至ると大変」
 小谷さんによると、女性は出産を経て母性のスイッチが入り、目の前の赤ちゃんに集中する。24時間ずっと緊張状態が続く生活に疲れ、夫にまで気を配れなくなる。また、女性の母乳の出をよくするホルモン、プロラクチンは排卵を抑制し、授乳を続けている間は次の子供ができない仕組みとなっている。このホルモンが分泌されている間、性欲がなくなるのが一般的だ。小谷さんは「産後の女性が夫に嫌悪感を抱くのは、生物学的にみても当然のこと。赤ちゃんを守らなくてはという意識が強くなり、夫は『外から雑菌を持ち帰ってくる存在』になる」と断言する。
 妻が夫を「気持ち悪い」と拒絶するのは、一時的な性欲の低下が原因で愛情が冷めたのではない。夫婦の危機を乗り切るには、産後に性欲をなくす女性が多いと、夫婦が予め知っておく必要がある。妻の愛が冷めたと早とちりして他所で性欲を解消しようとすると、離婚の危機もあり得る。夫も家庭が大事なら、赤ちゃんがいる間は我慢のしどころといえそうだ。