条件闘争の末子どもとの面会は 年1回という現実

条件闘争の末子どもとの面会は年1回という現実
?「パパとママって離婚したんだよね。元には戻れないんでしょ」
公園のジャングルジムに登り、はしゃいでいた息子が、ポツリと漏らした言葉に、川口隆一さん(仮名・36歳)は、心臓をわしづかみにされたような感覚になり、うなずくことしかできなかった。
元妻(34歳)と結婚したのは、10年前のこと。交際から1年で妊娠を機に婚約をした、いわゆる「できちゃった婚」だった。
円満だった夫婦関係にひびが入り始めたのは、結婚から1年後。東京の本社から、茨城の支社に転勤になったころだ。
転勤直後から、川口さんは仕事に追われ、深夜に帰宅し早朝に家を出る日が続き、元妻と息子の寝顔しか見ることができない状態だったという。
一方で、会社を辞め、社会との接点が薄くなった元妻は、夫が家におらず両親や友人の助けもない中、「育児ノイローゼ」のような状態になっていった。
転勤から10ヵ月後。すれ違いの生活で、顔を合わせれば口論になる状況に耐え切れず、元妻は息子を連れて実家に帰ってしまう。
川口さんはすぐに元妻の実家に出向き、忙しさを言い訳に家庭を顧みなかった自身の行いを土下座してわびたという。しかし、両者の間に生まれた深い溝を、埋めることはできなかった。
それから、正式に離婚に至るまでは3年もの月日がかかったが、その間は「生き地獄のようだった」と川口さんは語る。
仕事をしていても、常に息子の顔が脳裏に浮かび、街中で小さい子どもの姿を見かけるだけで、胸が張り裂けそうになる。そのため、家族連れが多いショッピングセンターや公園には、しばらく近づくことさえできなかった。
息子との関係が完全に断ち切られるような恐怖感から、冷蔵庫にある離乳食は、賞味期限が切れても2年以上捨てることができなかった。また、息子を力の限り抱き締めていたと思ったら、景色が次第にぼやけ、気づけば号泣しながら夢から覚めるといったことが何度もあったという。
別居から約2年後、元妻に手紙や電話をしても音信不通になり、息子の声すら聞くこともできない日々の中で、川口さんは話し合いによる協議離婚を諦め、家庭裁判所を通じた調停離婚を進めることを決意する。
計8回、1年近くに及んだ調停の中で一番の争点になったのは、息子との面会だ。
当時、民法には子どもと会う権利、面会交流に関する権利が明文化されておらず、子どもと会えるかどうかは、事実上、親権を持つ親の意向に大きく左右されていた。
川口さんは、離婚した家庭の半数以上が月1回の面会を実施していることから、同様の要求をしたが、元妻側は年1回の面会を主張し譲らなかった。さらに、面会に際しては必ずNPO法人の担当者立ち会いの下でとの条件を提示された。
?「今回の調停で合意できなければ、正式に裁判になります」
8度目の調停の冒頭、初老の調停委員が発した言葉は重かった。
終わりの見えない「条件闘争」の日々に、精神的な限界を感じていた川口さんは、養育費を世間相場より減額する代わりに、年1回の面会をのんだ。そのまま調停証書にサイン、即日、調停による離婚が成立した。
別居時に、1歳にも満たなかった息子と再会したのは4歳になってからだ。見違えるように大きくなった息子が、気恥ずかしそうに「パパ」と声をかけてきた姿を見て、涙が止まらなかった。
川口さんは現在も、年1回、3時間程度の面会を続けている。息子はすでに9歳だ。一緒に遊んでいる間は元気にはしゃいでいるが、NPO法人の担当者に連れられて帰る際、後ろを振り返りながら浮かべる今にも泣きそうな表情が一番つらいという。
結婚しているカップルの3組に1組が離婚
いささか単純ではあるが、離婚件数を婚姻件数で割った2012年の離婚率は、実に35%に上っている。つまり、結婚しているカップルの3組に1組が離婚している計算になる。
厚生労働省が実施した人口動態調査の推計によれば、47秒に1組のカップルが結婚しているのに対し、離婚は2分13秒に1組。今や、日本においても離婚は珍しくなくなったといっても過言ではない。
?「子どもが通う市立小学校のクラスの半分は母子家庭。学校側も子どもに配慮してか、父の日の授業参観を廃止してしまった」(離婚経験者)ところも少なからずある。
とはいえ、離婚に対する抵抗感はいまだ根強く、障害が存在するのも確かなこと。その最たるものが、親権や子どもとの面会をめぐる問題だ。
ところがここにきて、冒頭で紹介した川口さんのようなケースでも、面会の機会が増える可能性が高まってきた。今年1月、離婚など家庭裁判所が管轄する事案の手続きに関して定めた家事事件手続法が施行されたからだ。
その中身を見てみると、離婚の調停や裁判において一定の条件の下で子どもの参加を認めているほか、裁判所も子どもの意思を把握、考慮することが定められている。つまり、離婚において、子どもの権利を尊重する方向へ進んでいるのだ。
さらに、16歳未満の子どもを一方の親が離婚などで国外に連れ去った場合、原則として元の居住国に戻さなければならないとする多国間条約の「ハーグ条約」に、日本も今年度中に加盟する見通しとなったことも大きい。
欧米諸国の大半は、両親共に親権があり、元夫婦が養育費や定期的な面会について取り決め、離婚後も共同で子育てする「共同親権」。そのため、元夫婦双方の合意がなければ子どもを連れていくことができないという考えが、ハーグ条約のベースにある。
ところが日本は、夫婦の一方が親権を持つ「単独親権」で、親権があるほうの権限が絶対的。そこで、条約加盟をきっかけに、共同親権を認めるべきではないかとの議論が起き始めているのだ。
家事事件手続法などに詳しい大森啓子弁護士は、「家庭裁判所の審判例などで見てみると、ここ数年、裁判所も虐待など特別な理由がない限り、面会を認める方向になっている」と指摘する。
昨年4月からは民法が改正され、離婚届の右下に「面会交流の取り決めの有無」などを記入する欄も設けられている。
こうした流れが加速すれば、川口さんのような男性も頻繁に面会できるようになるだろうし、「子どもに会えなくなるのは嫌だ」との理由で踏み切れずにいた離婚に対するハードルが下がる。つまり、離婚が今後、増加していく可能性が大きいといえるのだ。
2015-12-23 01:25