“ いまから700年くらい前の、「ガウェインの結婚」という話です。イギリスで生まれた騎士道物語『アーサー王物語』のなかのひとつです。アーサー王のことはテレビマンガになったりしましたから、知ってる人も多いでしょう。エクスカリバーという剣がでてくるやつです。 アーサーはイングランド王の子どもだったのですが、出生を知らないまま育てられます。王が死んで王国が混乱していたそのとき、ロンドンの聖ポール大聖堂の前に大きな石があらわれます。その石の真ん中には剣が刺さっていて、石には「この剣を石より引き抜いたものが全イングランドの正統な王である」と刻まれているわけです。たくさんの剛の者が挑戦するが誰も抜けない。ところが、アーサー少年が簡単に抜いてしまって、王位につくわけですね。 で、まあ、そのあと、アーサー王が活躍する話がたくさんあるのですが、その中で私の一番好きなのが「ガウェインの結婚」です。 実は、アーサー王物語の中でアーサーが中心になる話はそれほど多くない。円卓の騎士と呼ばれるアーサーの臣下たちが主人公になる話のほうが多くて、また面白いです。ガウェインというのはアーサー王の甥で、一番忠義な男です。
さて、物語はこんなふうに始まります。アーサー王がいつものように宮廷で国民の訴訟を裁いていると、一人の乙女が王にこんな訴えをします。自分の領地が邪悪な騎士に奪われ、また恋人も捕虜にされてしまった、と。アーサー王は、自分の国内でそんな不法なことがおこなわれているのはけしからん、というわけで、愛剣エクスカリバーをひっさげてただ一人で、その邪悪な騎士の城に乗り込みます。 ところが、敵の城に一歩足を踏み入れたとたんアーサーの心から勇気と元気が抜けてへなへなになってしまうんです。アーサー王物語には魔法使いがよくでてきます。これもそうで、城には魔法がかかっていて、侵入者の勇気をくじくわけです。そこに、邪悪な騎士が登場して、あっという間にアーサー王を打ち負かして捕虜にしてしまいます。
アーサー王、「助けてくれ」って頼むわけね。中年以降のアーサーは結構弱虫なの。そこで、邪悪な騎士はこういうわけ。「命が惜しいか。それならおまえに問をやろう」ってね。「この1年のうちに問の答えが見つかったならば、おまえを許そう。もし、見つけられなければおまえの王国をそっくり私がもらおう。よいな」よいもなにも、とにかく助かりたいからアーサーはこの条件を承知します。そして、答えを探して放浪の旅にでる。
邪悪な騎士 どんな問題を出されたかというと、これがすごい。こんなのです。
「すべての女性がもっとも望むことは何か」
難しいねー。わからんねー。わかるって人いますか。アーサーもわからなかったので、どうしたかというと旅にでて、行き会うすべての女性にたずねまくるんです。「おまえの望みは何か?」すべての女性が望むこと、ですから、少女から老婆まで、農民、商人、職人、貴族、未婚、子持ちあらゆる女性に質問してまわるんですが、うまくいかない。みんな、言うことが違うんです。ある女は「美貌」という。また別の女は「健康」。そのほか富、立派な騎士の夫、子ども、若さ、恋人など、ありとあらゆる答えが返ってくる。 女子のみなさんはなんと答えますか。聞かれても困るでしょ。こんな状態では、すべての女性が望むことがわかるわけはない。しかし、あきらめるわけにもいかないので、アーサー王は旅をつづけます。
1年がたちました。明日はいよいよ約束の日で、アーサーは邪悪な騎士のもとに出向いて正答を言わなければなりません。ところが、正答らしきものを未だ見つけられない。 うちしおれたアーサー王は、とある暗い森の中に入っていきます。暗い森の道のかたわらに瘤だらけの大木があって、その根本に、目をそむけたくなるような、それはそれは醜くーい老婆がしゃがみこんでおりました。ちらっと老婆を見たアーサーは「うわぁ、気持ち悪い!」と思ったんだろうね。気づかないふりをして、その脇を通り過ぎた。
すると、その老婆いきなり立ち上がって、アーサー王を叱りとばした。 「これ、そこな騎士よ。立派な鎧に身を固めてさぞかし高い身分の者かもしれんが、レディを無視して通り過ぎるとは、この無礼者め!」 騎士というのはレディ・ファーストの精神が大事なんだ。アーサー王はあわてて馬を降り、非礼をわびます。機嫌をなおした老婆は、さらにアーサーに言う。 「あなたの探しているものを、私はあたえることができる」とね。ただし、これも条件があって、老婆は答えを教えるかわりに、若くて健康で立派な騎士を自分の夫に欲しい、と言います。アーサー王はせっぱ詰まっていますから、後先考えずに約束して、答えを教えてもらいました。どんな答えだったと思いますか。
さて、翌日アーサーは邪悪な騎士の城に出かけます。邪悪な騎士がでてきて「答えを見つけたか。言ってみろ」。アーサー王は「愛」なんて言うの。これ、不正解ね。不思議なルールなんだけれど、何度答えを言ってもいいみたいなんです。それで、アーサーは老婆に教えてもらった答えを最後に残しておいて、それまで聞いてきた答えを全部言うんですね。邪悪な騎士は「違う。違う」と言いながら上機嫌。アーサー王の答えがつきたところで「では、約束どおりおまえの王国をいただこう」アーサー、「ちょっと待った」そして、老婆の答えを言いました。何だと思う。これが…。
「自分の意志を持つこと」
わかるかな、このすごさ。いまから700年から500年くらい前の時代につくられた物語ですよ。「すべての女性がもっとも望むことは、自分の意志を持つこと」、現代の日本でも共通しそうですね。最近、夫が家の中で妻に暴力を振るうのが明るみになってきているよね。ドメスティック・バイオレンス。みんなのお母さん自分の意志を持っていますか。現代女性の生き方見てても、結構考えさせられる答えだと思います。 邪悪な騎士は、「くそっ、さてはあの女に教わったな。あいつは、俺の妹のくせに…」とか言って悔しがりました。実は、答えを教えた老婆は騎士の妹だったのね。なぜかわかりませんが。
こんなふうにしてアーサー王は1年ぶりに宮廷に帰還します。円卓の騎士たちも大喜びなんですが、肝心のアーサー王が暗いんだ。醜い老婆との約束が残っているんだね。約束はしたものの、あんな醜い老婆に若くて立派な騎士を娶せなければならない。ああ、やだ。どうしたもんか、誰と結婚させようかと悩んでいるわけです。理想的な中世の騎士は必ず約束を守るものですから。 暗く沈んだアーサー王を見て、心を痛めたのがガウェイン卿です。やっと、登場です。「王よ、あなたの悩みを私にも分けてください。」アーサー王は、これこれこんな事情で、と説明します。当然の展開として、王に忠義なガウェインは、「私が、その女の婿となりましょう。」となるわけ。 アーサー王は、自分の甥でもあり見目麗しく若く健康なこのガウェインをあんな不吉な老婆と結婚させたくない。何も、おまえが…、と反対するのですが、ガウェインも言いだしたら聞かない。 結局、ガウェインが老婆の夫となります。
さて、仲間の騎士たちが暗い森から老婆を連れてきて、宮廷で結婚式です。他の騎士たちは、みんなおもしろ半分でガウェインをからかうんだ。だって、新婚の妻は、世にも醜い、顔をそむけたくなるような老婆ですよ。ガウェインも、何の愛もあるわけじゃない。王を嘘つきにしないための結婚ですから、ちっとも幸せじゃない。だから、式だけで披露宴はなし。やがて、お約束の夜がやってきます。
新婚初夜です。部屋には新郎新婦の二人きり。ところが、ガウェインはというと、花嫁に背中を向けて「はぁーー」って、ため息ばかりついているわけ。花嫁の顔を見ようともしない。まあ、そうだわな。すると、この老婆の花嫁が正面切ってガウェインに問いかけるんだ。
「わが夫よ、あなたは新婚初夜というのに、わたくしを見ようともなさらず、つまらなそうにため息ばかりついておられる。なぜですか」 「なぜですか」って、すごいですね。わかるでしょうにね。 また、ガウェインも気持ちいいくらいにはっきり答えます。 「俺が、ため息ばかりついている理由は三つある。ひとつ、あなたが老人であること。二つ、あなたが醜いこと、三つ、あなたの身分が低いことだ」 それを聞いて老婆は、反論するんだ。こうです。「ひとつ、確かに私は年老いているが、それだけ人よりも思慮が深く知恵に富んでるということです。決して、悪いことではありません。二つめ、妻が醜いことは、夫にとって幸運です。なぜなら、他の男が言い寄ることを心配しなくてもよいから。三つめ、人の価値は生まれや身分で決まるものではありません。魂の輝きによるものです。」良いこと言うね。
ガウェインも、まあ素直な男だから、そんなものかしら、と思って、ふっと振り返って花嫁を見ると、なんとそこにいるのは、輝くばかりの美しい乙女だったんだ。 「おまえは一体何者だ」と驚いてきくガウェインに花嫁は答える。 「実は私は悪い魔法使いに魔法をかけられて老婆の姿に変えられていたのです。二つの願い事がかなわなければ、もとの姿に戻ることができません。立派な騎士を夫にするというひとつの願いがかなえられたので、私は一日の半分をもとのこの姿で過ごすことができるようになりました。 もとの姿でいられるのは、昼がよいですか、夜がよいですか。わが夫よ。お選びください」 ガウェインはこういった。「その美しい姿は、二人だけの夜の時間に見せてほしい。できれば、その美貌を他の男たちに見られたくはないものだ」 独占欲強いです。それに対して、花嫁も自分の意見をはっきり述べます。「女というものは、他の殿様方やレディとお付き合いするときに美しい姿でいられたら、それはそれは幸せなんですよ」 それを聞いて、しばらく考えたあとガウェインは言います。
「おまえの好きにするがよい」
すると、花嫁が満面の笑みをうかべて言ったんだ。「たった今、二つ目の望みがかないました。私は昼も夜ももう老婆に戻ることはありません」 わかりますね。二つ目の願い事がなんだったか。そう、
「自分の意志を持つこと」
彼女は夫ガウェインによって自分の意志を持つことを許されたんだ。
これが「ガウェインの結婚の物語」です。本だとわずか5ページくらいの話です。でも、ものすごく深い思想が込められていると思いませんか。さっきも少し触れたけれど、現代日本だって通用する中味ですよね。この話の女性は思いをはっきり口に出してすがすがしいです。ここに一つのヒントがあるように思いますね。 男子諸君、女子にもてようと思ったら、これですね「すべての女性は自分の意志を持つことを望んでいる」ここが、基本ですよ。まあ、少なくとも、ガールフレンドのことを「俺の女」なんていう男はダメだね。 男女だけでなくて、大きく言ったら「人権感覚」だと思います。
この話を含むアーサー王物語は、12世紀から14世紀くらいにイングランド、フランスあたりで誕生して今のような形になった。ヨーロッパ中世の騎士の精神世界が見えて楽しいです。それと、また後々でてきますが、今のヨーロッパ人の直接の祖先、ゲルマン人がやってくる前にヨーロッパに広く住んでいたケルト人の精神世界もアーサー王物語には深く反映されています。魔法や、呪いによる変身なんかはその典型。”
2015-08-03 20:54