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明け方に夢
苦く苦しい夢
自分の人生の体験とたしかに結びついているのだが
このような形で再生され再構成されるとは意外である
朝起きてしばらくしてみると、
この現実に比較すると今朝の夢などさほどのことではないと思える
夢の中の自分はとても弱いような気がする
昔の自分のブログの整理を進めていて
「人生は苦い水である
飲まないという選択肢はない
しかし飲めば必ず苦い」
というような意味のものがあった
日本語で、苦いと苦しいに同じ漢字を当てている事情について
あれこれ考える
味覚の領域で不快であれば苦い
感情の領域で不快であれば苦しい
くらいのことなのだろうが
にがいとくるしいは全く別の言葉なのに
同じ漢字を充てて節約しているのは何か理由があったものだろうか
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