新潟大学は4月1日、ヒト科以外の動物としては初めて、マカクザルにも他者の「こころを読む」能力があることを示し、この能力にはヒトの研究で示唆されてきた脳の回路の中でも特に内側前頭前野のはたらきが不可欠であることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学大学院医歯学総合研究科の林剛丞大学院生、染矢俊幸教授、長谷川功教授、大学院自然科学研究科の飯島教授らと、量子科学技術研究開発機構、福島県立医科大学との研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」掲載されている。
自閉症スペクトラム障害は発達障害のひとつであり、症状のひとつとして社会生活に重要なコミュニケーションの障害、つまり人の考えや気持ちを汲んだり、その場の空気を読んだりする「こころの理論」と呼ばれる能力の発達の遅れが特徴的だ。被験者が人のこころを理解しているかを確かめる方法のひとつに、相手の誤った思い込みを正しく理解して、その思い込みにもとづく相手の行動を正しく予測できるかを調べる「誤信念課題」がある。仮に相手が真実を知っている場合は、その人の「こころ」を読めなくても、こちらが真実を知っていることで相手の行動は予測できる。しかし、相手が真実でないことを信じている設定では、相手の思い込み(誤解)を理解しない限り、相手の行動を予測することはできない。そのため、この誤信念課題がこころの理論の能力を評価する決め手となる。
ヒトの脳画像研究により、誤信念課題の実行中に内側前頭前野を含む広範な脳の回路が活動することが知られているが、こころの理論と直接の因果関係を持つ脳部位は特定されていなかった。また、近年、チンパンジーなどの類人猿にも誤信念を理解するかのような行動がみられるという報告が出てきたが、動物のこころの理論様の能力がヒトと同じ脳回路の働きによるという証拠はなかった。
そこで研究グループは、神経科学の実験動物としてヒトに最も近縁なマカクザルにも誤信念課題を解く能力があれば、こころの理論を担うヒトとサルの脳回路の相同性を確かめたうえ、さらに脳活動と行動の因果関係まで明らかにできるのではないかと考え、研究を進めた。
今回の研究では、マカクザルの一種であるニホンザルに動画を見せながら、目の動きを赤外カメラで記録し、まず正常なサルに登場人物の誤解にもとづく行動を予期するような視線の偏りがあるかどうかを調査。次に、鍵となる薬物を投与した時だけ神経の機能を抑制するDesigner receptor exclusively activated by designer drug(DREADD)と呼ばれる人工的な受容体タンパクの遺伝子をウイルスベクターにより、サルの内側前頭前野に発現させてから、鍵となる薬物clozapine-N-oxide(CNO)を投与する、化学遺伝学という手法を導入した。この手法により、内側前頭前野の神経活動を抑制した状態のサルに再び動画を見せて、登場人物の誤信念を理解する能力に影響がみられるかどうかを解析した。
その結果、正常な状態のサルに動画を見せたところ、動画の登場人物の「誤信念」に基づく行動を予期するような視線の偏りがあることが判明。さらに、内側前頭前野の神経活動をDREADDとCNOによって抑制された状態で同じ動画を見せたところ、サルは登場人物の誤信念を理解して行動を予測することだけができなくなり、標的の動きを目で追う能力や、記憶にもとづいた視線の偏りには変化が認められなかった。これらの結果から、内側前頭前野の神経機能抑制により、視覚・眼球運動・記憶等の能力が保たれたまま、他者の誤解を読み取って行動を予測する能力だけが低下したと考えられた。
これらの結果は、これまでヒトの脳画像研究では相関関係が示唆されるにとどまっていた、こころの理論と内側前頭前野の神経活動の因果関係を、動物モデルにおいて直接的に示したものだ。これにより、内側前頭前野を核とする脳回路の働きに支えられたこころの理論の前駆的能力が、ヒトとマカクザルの共通の祖先から進化した可能性が示唆された。
自閉症スペクトラム障害の原因となる脳回路の全容については、現在明らかになっていないが、今回の研究により、鍵となる責任中枢を同定することができた。これまでの研究から、こころの理論は内側前頭前野が単独で担うわけではなく、複数の脳部位が形成するネットワークの相互作用が重要であると考えられている。今後、DREADDを用いて脳のある部位と別の部位の接続をピンポイントでON/OFFする方法論が確立すれば、内側前頭葉に対する入出力経路のどこがこころの理論にとって不可欠なのかを、見極めることも可能となり得る。中長期的には、自閉症のモデル動物の作成により、病態の解明が進み、新たな治療法の確立に貢献することが期待される、と研究グループは述べている。