韓国では、高齢者の貧困問題が長く課題になっている。公的年金制度の不十分さや1997年の通貨危機の爪痕など、さまざまな背景がある。貧困問題や社会政策に詳しいソウル大学の具仁会(ク・インフェ)教授を訪ね、現状を聞いた。
――生活が苦しく、働き続ける高齢者の姿は日本でも見られますが、韓国の高齢者の貧困問題はどんな状況なのですか。
「韓国では、『老人貧困率』(相対的貧困率)が40%台中盤から後半といった水準に達してきました。ほぼ50%近い高齢者が貧困状態にあるともいえる状況にあります。OECD(経済協力開発機構)の加盟国の中でも貧困率の高さが目立ちます」
「(所得が一定以下の人が対象の)『基礎年金』の受給額引き上げなどで、過去5年ほどの間に少しずつ改善してきているとは思いますが、それでもいまだに貧困率は高い水準です」
――なぜ貧困問題が深刻なのですか。
「1980年代ごろまでは高齢者に対して家族による『私的扶養』が大きな役割を果たしていましたが、その後、高齢者の寿命が長くなる一方、家族に頼った扶養システムは弱まりました。90年代以降は高齢の親と同居する世帯が減り、多くの高齢者が家族と別居するようになったのです。とても大きな変化でした。並行するように、昔に比べて家族による扶養の力が急速に弱くなっていきました」
出生率1を割る韓国 育児より老後、格差が生む「ヘル」
――家族にも余裕がないということですか。
「貧しい高齢者は、家族も所得水準が低いケースが多いのです。1997年の通貨危機を経て、働き盛りの世代の雇用状況が悪化しました。高齢の親への支援も難しくなってしまう。そういう状況が20年以上続いています」
――公的年金で支えられていないのでしょうか。
「韓国は国民年金制度の導入が1988年と遅い。制度が未成熟で、所得を代替する機能が弱いままなのです。このため多くの高齢者が働いていますが、生活していくのに十分な収入を得られるような職はそう多くはありません」
――日本の団塊世代に相当するような『ベビーブーム世代』(50年代半ば~60年代前半生まれ)が高齢者になりつつあります。
「ベビーブーム世代は高学歴化し、また韓国経済が急速に成長する時代を生きて、その恩恵を受けてきました。住宅など資産を持つ人も増え、以前と比べれば老後の状況も良くなる可能性はあります。とはいえ、非常に安定した待遇の良い職場で30年ほども働き続けてきた、というような人ならともかく、実際はそうでない人が大部分です」
――さらに若い世代は非正規職も増え、不安定な日々を送っていますよね。高齢者の貧困問題は長期的にみるとどうなりますか。
「公的年金制度がある程度成熟しても、急速な高齢化で高齢者の数が増えていきます。貧困問題は時間が経てば解決する、という話ではありません。相当の期間、持続する問題になる可能性が高く、年金にとどまらない政策的な努力が必要になるのでしょう」
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「国内で2019年に生まれる日本人の子どもは86万4千人で、統計を始めた1899年以降で最も少なくなる――」。そんなニュースが昨年末の話題となったが、いま、その日本以上に少子化が急速に進んでいるのがお隣の韓国だ。政府がいくら「出産奨励」の旗を振ってみても出生率はむしろ下がっており、とうとう1を割った。
「50歳過ぎれば保証はない」
ソウル都心部の駅から乗った地下鉄が、巨大都市を南北に分かつ漢江(ハンガン)を渡っていく。車窓からマンション群を眺めていると、まもなく列車はホームへと滑り込んだ。
鷺梁津(ノリャンジン)駅。周辺には公務員試験向けの予備校が集まり、若者が多く行き交っている。韓国の若い世代は、急速な少子化をどうとらえているのか。駅の近くに暮らす30歳の男性に話を聞いた。
男性はいま、ゲーム制作会社で正社員として働いている。月に300万ウォン(約28万円)ほどの収入があり、少なくとも当面の生活には困っていない。結婚も、いずれはしたいと考えている。それでも、その先の子育てなども含めて将来を考えると、不安がぬぐえず、踏み切れないでいるのだという。
「正社員といっても、韓国では(リストラなどの可能性で)50歳を過ぎると保証は何もない。それが現実ですよ。少子化が進むのも当然なのかな、という気がしますね」