“過去の出来事を思い出すときに、事実と全く異なることを思い出してしまうことがありますが、これは「False Memory(過誤記憶)」と呼ばれ、えん罪を作り出す原因の一つとしてしばしば問題にされます。このような過誤記憶を人為的に作り出すことに利根川進博士ならびに理化学研究所の研究チームが世界で初めて成功しました。 記憶の曖昧さに光をあてる-誤りの記憶を形成できることを、光と遺伝子操作を使って証明-理研プレスリリースhttp://www.riken.jp/pr/press/2013/20130726_1/ Fake memory implanted in mice with a beam of lighthttp://arstechnica.com/science/2013/07/fake-memory-implanted-in-mice-with-a-beam-of-light/ MIT神経回路遺伝学センター教授で理研脳科学総合研究センター長の利根川進博士とRIKEN-MIT神経回路遺伝学センター利根川研究室の研究員のチームは、これまでにもマウスの脳に光を当てることで特定の記憶を思い出させることに成功してきましたが、今回、同研究チームは、マウスの脳に光をあてることで人工的に過誤記憶を作り出すことに世界で初めて成功しました。 実験は、「optogenetics(光遺伝学)」という手法を用いて行われました。これは、脳神経細胞(ニューロン)に光感受性物質を導入することで、光の照射によってニューロンを興奮・抑制させたりできるというもの。簡単に言うと、「光をあてることで脳細胞の活動をコントロールする」という技術です。 今回、利根川博士率いる研究チームは、海馬の特定部分に記憶を保存するニューロンを特定、ここに光感受性タンパク質を導入した後、光(ブルーライト)を照射し、そのニューロンを活発化させることで特定のエングラムを呼び起こさせ、これと他のエングラムを結びつけることで人工的に過誤記憶を発現させようと考えました。 実験の内容としては、まずマウスを安全な環境である箱(箱A)に入れた後、箱Aにいる時にだけ活発に反応するニューロンを特定します。ここで特定されたニューロンには、箱Aのエングラムが保持されているはずです。次に、そのニューロンに光感受性タンパク質を導入(標識)します。これでマウスに光を当てれば箱Aでのエングラムが活性化し箱Aでの記憶がよみがえるという仕組みができあがります。 次に、標識したマウスを箱Aとは異なる環境の箱(箱B)に移した後、光を照射。これでマウスは箱Bにいるものの箱Aの記憶を思い出すことになります。実験では、箱Bに入れたマウスに光をあてた(箱Aの記憶を思い出させた)状態で、マウスにちょっとした電気ショックを与えます。こうすることで、箱Aの記憶に電気ショックという恐怖の体験を結びつけたのです。 このマウスを再び箱Aに戻すと、なんとマウスは恐怖から硬直化しました。マウスは箱Aで電気ショックを受けた経験がないにもかかわらず、電気ショックの記憶を思い起こしたのです。つまり、安全な箱Aと言う環境でのエングラムは、電気ショックという恐怖を伴った別のエングラムに変化したというわけです。 さらに、このマウスは他の環境でも、箱Aのエングラムに対応したニューロンを光で刺激しただけで恐怖反応を示したということです。平和な環境であったはずの箱Aでの記憶は、もはや電気ショックを与えられた恐怖の体験にすり替わってしまったのです。 もちろん、マウスが何を記憶しているかを正確に知ることは出来ません。しかし、研究チームは、過誤記憶の呼び出しで使われる脳領域が、自然な(真の)記憶の呼び出しで使われる脳領域と全く同じであるということも突き止めています。このことからは、過誤記憶を思い出す場合と正しい事実を思い出す場合のメカニズムが全く同じということが推察されます。つまり、私たちが過誤記憶を本当の出来事のように感じてしまうのも無理のないことだと言えるわけです。 なお、利根川博士は、「ヒトは高度な想像力を持った動物です。本研究のマウスと同様に、私たちが遭遇する“嫌な”あるいは“快い”出来事は、そのときまでに獲得した過去の経験と関連付けられる可能性があり、それで過誤記憶が形成されるのです」と述べられています。また、理研は、人間の過誤記憶の理解が進むことは、裁判での目撃証言には危うさが潜んでいるという警鐘になるはずだとしています。”