“『ソシオパスの告白』です。著者はM・E・トーマスという米国人で、30代の女性弁護士。御自身がソシオパスなので、いわゆる当事者研究になります。
ソシオパスとは、良心を持たず、他人に対する共感という感情が全くない人です。よく言われるサイコパスとほぼ同義語です。彼女が、あえて自分のことをソシオパスと呼んでいる理由は、サイコパスには否定的な意味があるからだということです。つまり、彼女自身はサイコパスを必ずしも否定的にとらえていないのです。
さて、ソシオパスといえば、平気で嘘をついたり人を殺したりする乱暴者、というイメージがあります。トーマス嬢によれば、これはとんでもない誤解です。良心がなくても、社会的に成功しているソシオパスが沢山いるのだとか。彼女の勤めていた法律事務所にも、どうみてもソシオパスとしか思えない同僚弁護士がいたそうです。
では、なぜソシオパスに悪いイメージがつきまとうのか? それは、ソシオパス研究の多くが刑務所に入っている囚人を対象にしたものだからです。つまりは、サンプリングバイアスですね。
ある統計によれば、刑務所の中にいるソシオパスの割合はわずかに20%に過ぎず、この数字は、一般社会に占めるソシオパスの割合である1~4%よりも多いものの、囚人の全員がソシオパスではない、ということがわかります。良心を持っていながら犯罪に手を染める人が多い一方、どんなに良心を持っていなくても、損得勘定ができれば刑務所に行く羽目にはなりません。トーマス嬢のお仲間のソシオパスが、次のような意味の事を言っています。
「俺は人を殺しても良心の呵責とやらに悩まされることはない。だからといって人を殺したりはしないよ。人を殺したって何の得にもならないし、それがバレたら大変な罰が待っている。法律を守っている方がこの世は楽しく暮らせるんだ」
とはいえ、ソシオパスには良心がないので、社会における善悪をいちいち学ばなくてはならない、という不自由さはあるようです。普通の人には良心があるので、自分の良心に従ってさえいれば、罪を犯す可能性は極めて低いわけですから。
さて、トーマス嬢の分析によれば、ソシオパスはリスクに対する感覚が人とは大きく違っているそうです。彼女自身もバイクの運転や素手の喧嘩、バンジージャンプなんかが大好きで、恐怖心というものが全くないのだとか。なので、ソシオパスが向いている仕事として、兵士(特に爆弾処理班)、スパイ、ヘッジファンド運用者、政治家、パイロット、水中溶接工、消防士などを挙げていますが、なんと外科医もソシオパスが能力を発揮できる仕事の1つに入れられていました。確かに、外科医はリスクテイカーのほうが成功しているような気がします。もちろん、リスクを完全に無視してしまったら単なるアホウであり、外科医にもある程度の慎重さは必要です。
この本の著者は、仮名で出版したにもかかわらず本名がバレてしまい、法律を全く破っていないのに、教鞭をとっていた大学から追放されたばかりか、キャンパスの1,000ヤード以内に接近することが禁止されてしまいました。この接近禁止エリアの中には、自分の銀行の支店、ジム、よく使う公共交通機関の停留所の半分が含まれているといって著者は憤慨しています。面白いのは、生活が不自由になったのが著者の不平の理由であって、自分が差別されて悲しんでいるのでもなさそうなところです。ちょっとズレていますね。”