レオナルド・ダ・ヴィンチ

 類いまれな才能の持ち主には、発達障害を有する人が多いといわれる。ルネサンス期を生きたイタリアの芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519年)もその1人だ。英・King’s College London、Institute of Psychiatry, Psychology and Neuroscience教授のMarco Catani氏らは幾つかのエビデンスを提示し、「モナ・リザ」を描いた画家が、発達障害の1つ注意欠陥・多動性障害(ADHD)であったとする説を、Brain(2019年5月23日オンライン版)に発表した。(関連記事「ダ・ヴィンチは間欠性外斜視だった」)
未完プロジェクト多く、集中力に欠け移り気な性格
 「モナ・リザ」や「最後の晩餐」を描いた芸術家としてだけでなく、建築家、科学者、発明家など数多くの顔を持ち、いずれの分野においても優れた業績を残したダ・ヴィンチ。一方で、アルバート・アインシュタインやトーマス・エジソンらと同様に、発達障害が疑われてきた。
 Catani氏らは今回、ダ・ヴィンチの遺筆や伝記などを検討し、”万能の天才”と称された芸術家がADHDであったとの仮説を裏付けるエビデンスを提示している。数々の偉業を成し遂げた一方で、多くの未完成プロジェクトを抱えたまま生涯を閉じた点について、同氏らは「アイデアをめぐらせることに過度の時間を費やし、忍耐力や集中力に欠けていたことがその背景にある」と指摘する。
 ダ・ヴィンチの集中力のなさは幼少期から認められており、成人してからはより顕在化したという。例えば、独立した画家として得た初仕事では前金を受け取りながら納品せずに活動拠点を移し、「最後の晩餐」の作業現場を目撃したダ・ヴィンチと同時代の作家マッテオ・バンデッロは、著書で「ダ・ヴィンチは移り気な性質の持ち主で、物事をまとめる力は皆無であった」という趣旨の証言をしているなど、数々の証拠からも明らかであるとしている。
左利き、失読症、右脳優位性がADHDの臨床像と共通
 さらにCatani氏らは、現代の脳科学において実行機能の障害は物事の先延ばしや集中力欠如が背景にあると考えられている点を説明。小児および成人のADHD患者の脳画像研究から、前頭葉および大脳基底核の一部が集中力や衝動調節に関わっていることが分かっており、ADHD患児の3分の2で成人後も行動面の問題が残ることが明らかになっているとしている。
 続けて同氏らは、ダ・ヴィンチが左利きであり、65歳時に左脳の重度脳卒中を発症したにもかかわらず言語能力に障害が残らなかった臨床所見から、「ダ・ヴィンチは、人口の5%未満にしか見られない右脳優位性(言語中枢がある優位半球を右脳に持つ)であったことが強く示唆される」と述べている。加えて、「彼の書き残した文字から、文字を左右逆に書く鏡文字やスペルミスが認められ、失読症であった可能性が考えられる」と論理展開する。左利き、失読症、右脳優位性は一般人口に比べADHDを含む発達障害で多く見られることが知られているためだ。
 くしくも今年(2019年)はダ・ヴィンチの没後500年に当たる。Catani氏はあらためてダ・ヴィンチの偉大さに触れた上で、「私たちはダ・ヴィンチの優れた芸術的才能や観察眼にとどまらず、困難に立ち向かう力(resilience)にも着目すべきである。彼が抱えた困難は異常なまでの精神の迷走を生じ、深い後悔の念としてダ・ヴィンチを苦しめた。ただ、それでも彼は人の生命や自然に対する好奇心と学習意欲を失わなかった」と締めくくっている
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芸術作品の解析からレオナルド・ダ・ヴィンチは間欠性外斜視であったことが示された。英・City University of LondonのChristopher W. Tyler氏が、ダ・ヴィンチの自画像を含む作品6点(彫刻2点、油絵2点、素描2点)を解析した結果をJAMA Ophthalmol(2018年10月18日オンライン版)に発表した。ダ・ヴィンチは間欠性外斜視で両眼視と単眼視を切り替えることができたため、立体感や遠近感の表現に優れていた可能性があるとしている。
6作品の解析から平均-10.3°の外斜視と推定
 解析対象は、ダ・ヴィンチの師匠であったアンドレア・デル・ヴェロッキオ作の彫刻「ダヴィデ像」および「戦士」、ダ・ヴィンチ作の油絵「洗礼者ヨハネ」および「サルバトール・ムンディ(救世主)」、素描「ウィトルウィウス的人体図」および晩年の自画像の6点。自画像以外の作品も、ダ・ヴィンチがモデルとなった可能性があると考えられている。
 作品の解析に際しては、瞳孔、虹彩、開眼部に合わせて一定の円および楕円を設定し、それらの相対的な位置を測定。標準の眼球半径を125mm、瞳孔間距離を60mmと仮定して、測定結果を斜視角に換算した。その結果、「ダヴィデ像」では-13.2°、「戦士」では-12.5°、「洗礼者ヨハネ」では-9.1°、「ウィトルウィウス的人体図」では5.9°、自画像では-8.3°であった(負の数値が外斜視に相当)。「サルバトール・ムンディ」では唯一、角膜反射の位置から斜視角の程度を測定するヒルシュベルグ法により斜視角を-8.6°と算出できた。
 これらの結果は外斜視の所見に一致するもので(t5=2.69、P=0.04、両側t検定)、内斜視に相当する「ウィトルウィウス的人体図」の5.9°を除外した平均斜視角は-10.3°であった。
平面的単眼視が画才に貢献した可能性
 レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レインをはじめとして、自画像の眼位から斜視であったと推定される著名な画家は多い。また、斜視は片眼の視線が固視目標から外れる両眼視機能障害で、偏位眼の抑制により単眼視となることが多い。しかし、見え方が二次元になる単眼視は、平面に絵を描く画家にとっては有利であると考えられる。
 Tyler氏は「解析の結果、ダ・ヴィンチがモデルとしてリラックスしているときは-10.3°の外斜視になる傾向にあるが、自画像を描くために集中して自分の顔を見ているときは正位に戻った可能性があることを示しており、間欠性外斜視の診断に一致する」と指摘。「ダ・ヴィンチは間欠性外斜視であったため、立体的な両眼視と平面的な単眼視を切り替えることができたと考えられる。このことは、自画像や静物画を立体的に描く能力や、風景画に奥行きを表現する能力に優れていたことの説明になるだろう」と結論している