アルツハイマー病症状改善

国内外の製薬会社がこぞって新薬開発に取り組むものの、撤退も多いアルツハイマー病(AD)。東京医科歯科大学の岡澤均教授は、AD発症のはるか以前に神経細胞内のたん白質が変性している点に着目。注射剤による遺伝子治療で症状が改善する可能性をマウス実験で確かめた。謎に包まれたADの病態解明に光明を差す研究についてうかがった。
――研究の概要を教えて下さい。
 「ADの原因は神経細胞外アミロイドβの凝集だという『アミロイドβ仮説』に基づき、凝集を取り除こうとするアプローチが治療薬開発の主流だった。だが凝集を除去しても症状改善につながらないことが判明しつつある。私はADを含む神経変性疾患が専門で、細胞外でアミロイドβが凝集する前の細胞内の様子を重視している。その時点で早くも変性しているたん白質に目をつけた」
――具体的な手法は。
 「ADモデルマウスの脳サンプルを採取して、網羅的リン酸化プロテオーム解析という手法を試みた。その結果、リン酸化という変性を被った3種類のたん白質『MARCKS』『Marcksl1』『SRRM2』を発見した。MARCKSの変性のしくみはすでに明らかにしており、Marcksl1も似た機序を示すと予測している。残るSRRM2が今回のターゲットだ」
――SRRM2とは。
 「SRRM2は本来、シナプス形成に関係する『PQBP1』というたん白質を増やす働きをする。ところが何らかの理由でリン酸化すると正常に働かない。そこでウイルスベクターでPQBP1遺伝子を注入し、PQBP1たん白質を増やすことを思いついた。マウスで実験したところ、記憶力テストが顕著に回復していた。ヒトに応用する場合、腰椎のすき間へ遺伝子治療薬を注射する方法が想定できる」
――AD発症後でも効果があるのでしょうか。
 「マウス実験の結果に基づく限り、発症直後ならあるはずだ。具体的には、AD対策の理想はSRRM2のリン酸化を防ぐことになりそうだが、そのためには脳の神経細胞内部を診断する高度な技術が必要だ」
――今回の成果とアミロイドβ仮説との関係は。
 「アミロイドβ仮説は細胞外凝集がADにつながるという考え方。今回の意義は、凝集開始以前の細胞内のしくみを明らかにした点にある。観察対象が異なるだけで矛盾はしない。ただし従来のように、アミロイド凝集からAD発症までを連続したカスケードと考えるのは疑問だ。むしろ複数のたん白質や遺伝子の異常がネットワーク状に絡み合って発症するのではないか。アミロイドβのほか、AD治療薬の新たな標的として注目されているタウたん白質も編み目の一つということ。仮にそうなら、SRRM2の変性さえ防げば良いという単純な話ではないかもしれない」