京都大学は9月3日、神経細胞のオートファジー機能の低下が、ヒトの精神疾患に類似の行動異常をマウスで引き起こし、これらの行動異常はオートファジーの機能を活性化することにより改善すること、オートファジーの機能低下がヒトの精神疾患で実際に確認されることを実証したことを発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の友田利文特定准教授(現・トロント大学)、櫻井武特定教授、住友明子特定研究員(現・カナダ・薬物依存・精神衛生センター博士研究員)、大阪大学の疋田貴俊教授らの研究グループが、米ジョンズホプキンス大学と共同で行ったもの。研究成果は「Human Molecular Genetics」「Science Advances」に掲載されている。
精神疾患を持つ患者は、認知機能障害や感情障害などの症状をしばしば抱えている。これは、脳が外界の刺激に呼応して最適な反応の仕方を決める神経伝達のメカニズムに問題が生じた結果、これらの症状につながるものと考えられている。
オートファジー機構には、古くなってダメージを受けた細胞内小器官や正しい構造で作られなかったタンパク質などが、細胞内に蓄積するのを防ぐ重要な役割がある。また、栄養飢餓や酸化ストレスのような各種ストレスの負荷がかかると、オートファジーが活性化され、細胞の健康を維持する上で重要な働きをすることもわかってきている。さらに、神経細胞の場合、オートファジーが正常に機能しないと次第に細胞が死滅していくこと、また、アルツハイマー病やパーキンソン病のような神経変性疾患の患者の脳には、オートファジーの異常があることも指摘されている。
研究グループは、オートファジーがストレス応答機能であることに着目。先行研究から、オートファジーが低下したモデルマウスであっても、神経細胞死が起きない場合があることを見出していた。そして今回の研究では、オートファジーの異常により、細胞死が起きることなく脳の働き方が変化し、精神疾患に見られるような認知機能の異常や、情報処理機能の異常が示される可能性を検討した。
その結果、認知関連の異常や驚愕音に対する反応性に異常が見られ、このマウスの神経細胞には、興奮性と抑制性の神経伝達のバランスが悪いという機能的な問題があったという。その原因のひとつとして、マウスの大脳皮質の出力神経細胞において、本来オートファジーが正常に機能していれば分解されるはずのタンパク質が蓄積することで、抑制性の神経伝達物質(GABA)を受け取る GABA受容体が、神経細胞の表面に十分に存在しない状態があることが判明。こうした問題が、モデルマウスにおける認知機能の異常や脳の情報処理機能の変化を引き起こした原因のひとつであることが考え、実験的に神経細胞表面のGABA受容体の量を増やしたところ、認知機能や情報処理機能を回復させることができたという。
次に、こうしたオートファジーの機能異常が、実際にヒトの精神疾患に関与しているかどうかを検証するため、患者由来のサンプルを大量に収集し、臨床像に対応させて解析を行っているジョンズホプキンス大学医学部統合失調症疾患センターとの共同研究を実施。ジョンズホプキンス大学の研究チームは、統合失調症や双極性障害の患者の鼻粘膜から嗅上皮神経様細胞を採取しており、これらの細胞の分子の発現レベルを調べたところ、オートファジー機能の低下を示唆する変化がみられたという。これにより、動物モデルで示された作業仮説は、臨床的にもその妥当性が実証されたとしている。
今回の研究成果は、ヒトの精神疾患の中に、オートファジー機能の低下によって引き起こされるものが存在する可能性を示している。統合失調症などの精神疾患の原因のひとつを解明したことに加え、オートファジー機能の低下を標的とした精神疾患の新たな治療戦略の開発につながることが期待できる、と研究グループは述べている。