白癬

 爪白癬は、皮膚科領域で頻繁に遭遇する疾患だが、高齢社会を迎えたわが国ではさらに重要な疾患となってくると予想されている。近年、治療薬の選択肢が増え、より効果的に完治を目指せるようになったが、選択の幅が広がったことで適切な薬剤選択が求められている。現状で爪白癬の治療をどのように考えればいいのか。東京医科大学皮膚科学分野准教授の原田和俊氏に解説してもらった。
他科領域、介護現場でも注意が必要な疾患
 爪白癬は罹患率が人口の約10%と推計されており、実際、皮膚科診療では足白癬と並んで診る機会が多い疾患である。「足白癬は40~50歳代で最も罹患率が高いが、爪白癬は加齢とともに上昇する」と原田氏は特徴を解説する。高齢社会を迎えたわが国では患者数の増加が予想され、皮膚科以外での領域や介護の現場でも注意が必要だという。
 爪甲の表面から白癬菌が侵入して発症する爪白癬の病型である表在性白色爪真菌症(SWO)が高齢者施設で施設内感染により広がっている可能性を指摘する報告がある。「白癬菌が増殖しやすい風呂場で感染していると推測され、高齢者の集まる施設でSWOが多く見られる場合は施設内感染が疑われる。こうしたケースでは感染予防対策が必要となる」と皮膚科医の立場から要望する。
 皮膚科以外の診療科では、足の疾患であることから患者が受診しやすい整形外科やかかりつけ医となることが多い内科で爪白癬が診られている場合がある。また、爪白癬は糖尿病、HIV感染例、免疫不全症例などでの罹患率が高く、重症化の危険性もあるので、こうした患者を診る診療科でも気を付けなければならない。
「爪白癬の診断の決め手となる顕微鏡検査は、皮膚科医でも判断に迷う症例があるほど診断が難しいケースもある。そのため、他科では誤診に基づく誤った治療が行われていることが散見される」と指摘。同氏が経験した症例では、18カ月も整形外科で外用抗真菌薬の治療を行っていたが、改善が見られず皮膚科へ来院、実際には真菌が原因ではない爪甲鉤弯症だった(図1)。こうしたことを防ぐためにも、爪に異常がある症例はまずは一度、皮膚科専門医に紹介してもらうのが望ましいという。
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適切な薬剤選択にはまず正確な病型分類を
 爪白癬は疼痛などの自覚症状に乏しいため放置している患者も多いと推察されている。爪甲が肥厚して靴に当たったり、爪が鋭利になって他の足趾を傷つけたりするなどの支障がある場合は治療が必要になる。また、支障がなくても、爪白癬が感染源となり、足白癬や体部白癬へと感染が広がる可能性は否定できない。それだけでなく、高齢者が同居の小児に感染させてしまう例など、家族や同居人への感染の危険性もある。
 このため爪白癬に対しては積極的な治療を行っていく必要がある。治療に当たっては、目標を爪甲の濁りが消え、真菌が消失する「完全治癒」に置くべきだと原田氏はしている。実際には爪の混濁が残存するケースもあるが、それでも真菌学的に治癒できれば自身の他部位や他者への感染が防げるので有益となる。
 爪白癬が難治とされながらも完治を目標とできるようになった背景には、治療薬の充実がある。約20年前までに経口抗真菌薬のイトラコナゾールとテルビナフィンが発売され、完治を目指すことが可能になった。その後、2014年にエフィナコナゾール、2016年にはルリコナゾールと外用抗真菌薬が出そろった。今年(2018年)には経口薬としては久しぶりの新薬となるホスラブコナゾールが使用可能になり、選択肢が豊富になっている。
 選択の幅が広がったため適切な選択が求められるようになった。薬剤選択を行う上でのポイントについて同氏は「経口薬だけの時代は薬剤選択を考える上で病型分類はあまり重要でなかった。現在では病型を正確に分類することが薬剤を選択する上で大切になる」と述べている。英国皮膚科学会が分類する4病型が国際的に汎用されており、遠位側縁爪甲下爪真菌症(DLSO)の亜型である「楔型」を加えた5病型に分類することがわが国では一般的だ(図1)。
良好なコンプライアンスも治療の決め手となる
 薬剤の特徴を考える上で、外用薬と経口薬に大きく分けて考えることができる。「経口薬は治癒率が高いものの、肝機能障害などに注意が必要。一方、外用薬は治癒率が経口薬ほど高くはないが、安全性が高い」と原田氏は説明する。これを原則に両薬の使い分けを考えると分かりやすいという。薬剤選択に関する同氏の私案では、爪の混濁率20~30%ぐらいまでのDLSO、SWO、そして経口薬が効きにくいことが分かっている楔型などは外用薬を第一選択に考え、それ以外は経口薬が第一選択(図2)。経口薬が適用できない肝機能障害例や小児、妊産婦も外用薬の選択となる。
 2剤ある外用薬の選択はどうすべきか。「有効成分の違いはあるが、治癒率はほぼ同じと考えてよい。違うのはデバイス。長期にわたり使う薬剤なので、患者に合ったデバイスを選んでもらうことが最も大切」と強調する。エフィナコナゾールはボトルに付属したはけで塗るタイプ、ルリコナゾールはボトルを爪に押し付けて塗るタイプ。同氏の場合、空のデバイスを用意しておき、塗り方などを説明しながら選んでもらうようにしている。
 経口薬の治療にも通じることだが、特に外用薬は治療期間が長期になるのでコンプライアンスを良好に保つことも治療の鍵になる。外用薬では1カ月で約半数が脱落してしまうといわれるほどで、コンプライアンスは重要。同氏は診察のたびに患部の写真を撮っておき、過去の写真と現在を比較して示すようにしている。治療効果が目に見えると患者のモチベーションが上がり、自然とコンプライアンスも良好になるそうだ。
 外用薬の治療を継続する上で忘れてはならないのは効果が見られないときの中止の判断。「改善の兆しが見られないのに漫然と処方を続けている例もある。外用薬は比較的安全だが、限界があることを理解すべき」と注意を促す。同氏は半年ほどで中止か継続を決めるそうだが、長くても1年以内に判断すべきとしている。
 経口薬の薬剤選択はどうだろうか。「ホスラブコナゾールは経口薬の中では安全性が高く、投与期間は3カ月と短い。第一選択といってもよい」と明快だ。ただし、注意すべき点がある。同薬は肝臓代謝の薬剤であるため肝機能障害の患者への投与は十分な配慮が必要になる。テルビナフィン、イトラコナゾールは血液検査が義務付けられているが、ホスラブコナゾールでは義務付けられていない。しかし、「発売から数年たたないと実臨床での評価は固まらないので、現在は投与前に血液検査で肝機能異常をチェックした上で投与すべき」と同氏は強調している。
 イトラコナゾールは併用禁忌薬が多く、他剤を服用している症例では慎重な判断が求められる。テルビナフィンはイトラコナゾールよりも有効とされるが、投与期間が6カ月と長期になることが難点。ホスラブコナゾールを第一選択と考えながらも、これらの経口薬の特徴を加味して選択していくことになる。
 爪白癬は完治したとしても、白癬菌は多くの環境中に存在しているため再発の危険性が常にある。同氏は「多くが足白癬から爪白癬を発症すると考えられるため、再発予防には定期的な足白癬のチェックが最も大事」と述べた。