<土屋>
自我論からの解放というのはわかるような気がします。それでは、先生は分裂病というのをどのように捉えていらっしゃいますか。
<中安>
私は分裂病は直接的には状況意味失認が基本障害だと思ってます。状況意味というのは、ある個別のものがこの状況において、どんな意味を持つのかという話ですね。例えば、財布が私の机の上に置いてあれば、これは私がただ置いているんだとなりますね。しかし、道路に落ちている場合だと、財布は財布なんだけど、これは誰かがうっかりして落としたんだろうというふうに意味づけられる――つまり他の対象物との相互関係の下にその個物の状況における意味は転変していくわけです。で、分裂病における状況意味失認とは、状況意味を認知する中枢機構があって、そこに障害が生じているんだと考えるわけです。
一番わかりやすい例が、分裂病の代表的な症状である妄想知覚ないし被害妄想ですね。例えば前の方から2人の人が歩いてきて、通り過ぎる時に、2人がフフッと笑ったとします。通常であれば、たまたま自分とすれ違う時に2人で面白い話でもしたんだろうと、すれ違った時にたまたま笑ったのだと考えますよね。ところが、分裂病の患者さんであれば、自分を当てつけて笑った、あざ笑ったと思ってしまうんです。つまり患者さんは、「通り過ぎた人が笑った」という事実――私はこれを即物意味と呼んでいますが――は正常に知覚しているのですが、状況意味を誤認しているがために「自分をあざ笑った」と考えてしまう、ということです。シュナイダーという有名な精神病理学者がいたんですが、「妄想知覚とは、知覚は正常だがその意味づけが誤っている」と言っています。まさにその通り。妄想知覚というのは、即物意味は正しく認知されているけれども、状況意味が誤認されているということなんです。そういうことから、意識上・自覚的認知のレベルで状況意味誤認が生じる元は何かというと、意識下・無自覚的認知のレベルでの状況意味失認だと理解していいだろうと思います。