イスラミック・ステイトの戦闘員として洗脳された子どもたちが日常生活に馴染むまでどう援助するか
という問題があって
難しいと思う
まず洗脳を脱洗脳するというのは根本的に難しい
積極的に脱洗脳されたい意欲があれば別であるが
その状態になっていれば洗脳は不完全であったということを意味していて
脱洗脳もやりやすいに決まっているので
積極的に脱洗脳されたい意欲があるということがまず少ないと思う
拉致されて洗脳されたのは偶然だという側面があるが
また多くの例では現実に多くの問題があり
洗脳されたことでそれが解決されたこともある
それなのにまた逆コースをたどるのも困難がある
自爆テロを喜んで行うように洗脳されるのであるが
性産業で働くことが良いことだと信じている人がいて、信じさせている人がいて、
違法薬物が関与し、国際法も絡むという場合
親もほぼ何もできないし、周囲の人間もあまり力になれない
本人が気づいてくれるのを待つしかないのだが
気づかないように支配している人間がそばにいたりする
引き離せばいいだろうというのであるが
それが難しい場合がある
さて、脱洗脳して、「普通の価値観」を注入するのであるが
そこに戸惑いもある
それは正確に言えば別の洗脳であるとも言える
みんなと同じに洗脳すると言ってもいい
実際上はそれが幸せなのだろうからいいのであるが
論理としては問題がある
結局何が正しいのだろうと考えることになるが
価値観などは実験で確定できるものではないし
歴史を学べば相対的なものであることがわかるし
その歴史だっていまの権力関係の中で描かれたたものであると言うだけで
信頼すべきものかどうかは怪しい
法律などの、人間が作ったものは、不完全であるし、変化するもので、
真実とは認定し難い
とりあえずそれに従うしかないものであるが、それだけのものだ
ただ、実験で確定できる性質の事柄は、真実とみなしてよいだろうと思う
どこで行っても、誰が行っても、同一の手順を踏めば、同一の結果が得られるという場合、
その事実は信頼できる
ただ、それを説明する理論は正しいかどうかは分からない
一応、説明できると言うだけである
というような背景もあり、脱洗脳は困難であるが
これからの社会ではますます重要な問題になるだろうと思う