オレキシン神経と不公平感
血糖調節には、インスリン、グルカゴン、ノルアドレナリン、グルココルチコイドなどのホルモンが関与する。これらのホルモンは横一線に作動するのではなく、階層構造を形成し、血糖を維持し低血糖を防ぐ[3]。血糖調節でもっとも重要なホルモンはインスリンである。血糖が低下すると、まずはインスリン分泌が抑制される。そして次にグルカゴンが分泌され、肝臓での糖新生が始まる。それでも血糖が維持できない緊急事態では、ノルアドレナリンやコルチゾールの作用で血糖を上昇させる。ところが、最近、オレキシン受容体拮抗薬が、この階層構造を飛び越えて血糖を低下させることが示された[4]。オレキシンは睡眠覚醒のリズムを司るホルモンである。
オレキシン神経を抑制するとノルアドレナリン神経系の機能が抑制され、一方では覚醒レベルが低下し、他方では肝臓での糖新生の低下が起こる。そのために軽度だが血糖が低下する。これはある意味合目的的で、活動レベルとエネルギー供給レベルをマッチさせている[5]。たとえば過酷な環境下で生きる生物は厳しい冬になれば冬眠し、活動レベルとエネルギーレベルを連動して低下させ、来るべき時まで命をつなぐ。ということは、意識が低下しないレベルでオレキシンを抑制すると、ブドウ糖への欲求が低下するかもしれない。すると葡萄一粒と胡瓜一かけらの差が検知されにくくなる。つまりオレキシンが機能しないとブドウ糖への誘惑が起こらない代わりに、不公平感に鈍感になるだろう。不公平感が惹起されなければ、不平等がまかり通る。その結果、互恵的平等を基本とする社会が崩壊する。不公平感を検知し互恵的平等を構築するのに、オレキシン神経が正常に作動する必要がある。たかが葡萄一粒と侮るなかれ。脳は葡萄と胡瓜の違いを神経基盤で理解している。