■五木寛之(作家)
ヒロシマは、過去の歴史ではない。
二度と過ちをくり返さないと誓った私たちは、いま現在、ふたたびの悲劇をくり返している。
佐村河内守さんの交響曲第一番《HIROSHIMA》は、戦後の最高の鎮魂曲であり、
未来への予感をはらんだ交響曲である。
これは日本の音楽界が世界に発信する魂の交響曲なのだ。
■野本由紀夫 玉川大学教授(音楽学者) HIROSHIMAについて
「言ってみれば1音符たりとも無駄な音は無い」
「これは相当に命を削って生み出された音楽」
「初めてこの曲を聴いたときに私は素直に感動した。そして非常に重い曲だと思った」
「言葉で言い表す事自体が非常に薄っぺらになってしまう」
「1000年ぐらい前の音楽から現代に至るまでの音楽史上の様々な作品を知り尽くしていないと書けない作品」
「本当に苦悩を極めた人からしか生まれてこない音楽」
■きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授
もっとも悲劇的な、苦渋に満ちた交響曲を書いた人は誰か?
耳が聞こえず孤独に悩んだベートーヴェンだろうか。ペシミストだったチャイコフスキーか。
それとも、妻のことで悩んだマーラーか。死の不安に怯えていたショスタコーヴィチか。あるいは・・・。
もちろん世界中に存在するすべての交響曲を聴いたわけではないが、知っている範囲でよいというなら、私の答は決まっている。
佐村河内守(さむらごうち まもる)の交響曲第1番である。
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新垣「あの程度の楽曲だったら、現代音楽の勉強をしている者なら誰でもできる、どうせ売れるわけはないと思っていた」
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【小谷野敦】
NHKスペシャル、参ったなあ。あれほど凡庸な作曲家を感動話の主人公に仕立てるんだから…。
耳が聴こえなかろうが何だろうが、作品がすべてだろう。あれ、本当にすごいと思うか?
福島ネタへつなげたからさらにげっそりだよ。
【野口剛夫】
『NHKスペシャル』で取り上げられて以来、佐村河内守の名声と人気はいや増すばかりの天井知らずである。
本稿では、テレビ出演以来くすぶる「本当に氏は全聾なのか?」は棚上げするにせよ、音楽自体にマスコミが絶賛するような価値があるのか否かを考えてみた。
心ある音楽ファンなら誰もが溜飲の下がるしごく真っ当な批判であろうと自負している。
「過去の巨匠たちの作品を思わせるような響きが随所に露骨に表れるのには興ざめするし、終始どこか作り物、借り物の感じがつきまとっているため、音楽の主張の一貫性、真実性が乏しく、作品としての存在感は希薄になってしまうのだ。」
【今村晃】
世の注目を集めた割には音楽の抑揚に乏しく、音楽を通して何を伝えたかったのか判然としなかった!
自己の作品評価を行い、どれも自分の思いが伝わっていないと、これまで書きためていた2万枚の楽譜を廃棄したというニュースを知った時は感動したが、ただこのCDを聴く限り、過去の作品を自己否定した作品の割には、
抒情的でありながら本来の抒情とは乖離したような、またある時は混沌とした世界が音の積み重なりとなって、フォルテでありピアノであれただ一様な音がずーっと鳴り響いているだけで、オーケストラ音楽としての味わいに欠ける感じがした。
要約すれば、ダラダラだらだらと音が鳴っている感じで、音楽に抑揚がないのである。
この調子で80分近くも聴かされると精神的にもついていけず、しまいには飽きてしまう。
ただ、管弦楽法そのものは部分的には素晴らしい響きもあるし、今後は音楽の流れを全体的に見通した中で、オーケストラから自分の考え思いを伝える「メッセージ性のある音楽」に徹したら、新しい世界が生まれ、音楽がより深くなるのではないだろうか。
聴覚を失った作曲家が渾身の力を振り絞って書いたという事実には、謙虚に頭が下がる思いなのだが…。
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“
音楽の手仕事で「課題の実施」というのは、これに似た面があると思います。
旋律だけを示されて、それにハーモニーをつけるような課題で、とりあえず丸がつくものを書くのも大事ですが(そうでないと受験では落とされます)、「この課題から、この実施をどうやって作ったの???」と目を剥かれるようなものを作ったときの快感ていうのは、この仕事をした人にしか本当は共有してもらえない感覚です。でも、読者の皆さんにも何となく分かっていただけると嬉しいです。
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【許光俊「世界で一番苦しみに満ちた交響曲」(2007年11月記)】
もっとも悲劇的な、苦渋に満ちた交響曲を書いた人は誰か? 耳が聞こえず孤独に悩んだベートーヴェンだろうか。ペシミストだったチャイコフスキーか。それとも、妻のことで悩んだマーラーか。死の不安に怯えていたショスタコーヴィチか。あるいは・・・。
もちろん世界中に存在するすべての交響曲を聴いたわけではないが、知っている範囲でよいというなら、私の答は決まっている。佐村河内守(さむらごうち まもる)の交響曲第1番である。
ブルックナーやマーラーにも負けない楽器編成と長さの大曲だが、その大部分は、終わりのない、出口の見えない苦しみのトンネルに投げ込まれたかのような気持にさせる音楽だ。聴く者を押しつぶすかのようなあまりにも暴力的な音楽が延々と続く。これに比べれば、ショスタコーヴィチですら軽く感じられるかもしれないというほどだ。
ようやく最後のほうになって、苦しみからの解放という感じで、明るく転じる。が、その明るさは、勝利とか克服といったものではない。思いがけないこ
とに、子供の微笑のような音楽なのだ。
とに、子供の微笑のような音楽なのだ。
いったい、こんなにも深刻な曲を書いた佐村河内とはどういう作曲家か。彼は1963年広島に生まれている。早くから作曲家を志したが、楽壇のややこしい人間関係などに巻き込まれることをよしとせず、独学の道を選んだ。それゆえ、なかなか仕事に恵まれなかったが、ある時期から映画、テレビ、ゲームなどの音楽を書いて徐々に知られるようになってきた。なんと、一時はロックバンドで売り出されそうになったというから、一風変わった経歴と言えるだろう。
妙な人間関係を嫌うことからもわかるように、佐村河内はまれに見る潔癖な人間のようだ。自分が本当に書きたい曲だけを書きたいと、あえて実入りのよい仕事を断り、厳しい日雇いの仕事をして生計を立てていたこともあるし、住む場所もなくホームレス状態になっていたときすらあるという。
実は、彼は非常に大きな肉体的なハンディキャップを抱えている。なんと、あるときから完全に耳が聞こえないのだ。それどころか、ひどい耳鳴りで死ぬような思いをしているのだ。しかし、彼はそれを人に言わないようにしてきた。知られるのも嫌がった。障害者手帳の給付も拒んできた。自分の音楽を同情抜きで聴いてもらいたいと考えていたからだ。
彼のところにはテレビ番組を作らないかという話が何度も舞い込んだという。確かに、耳が聞こえない障害者が音楽に打ち込むなんて、いかにもテレビが好みそうな話だ。だが、佐村河内は障害を利用して有名になることを拒んだ。テレビ局からは「せっかく有名になるチャンスなのに、バカじゃないか」と言われたという。
有名になる、ならないは問題ではない。それより、自分は作曲に打ち込みたいだけだというのが彼が言い分だ。金があり余っているバブル時代じゃあるまいし、今どき誰が1時間以上かかる、しかもとてつもなく暗い大交響曲を演奏してくれるだろう。そんなことはわかっている。だが、彼は、演奏されやすい短い曲を書くつもりもないようだ。マーラーは「いつか自分の時代がやって来る」と言ったが、佐村河内も生きている間に成功しようなどとは考えていない。こんなにも潔癖で頑固な人間は、世の中にほとんどいないだろう。
その佐村河内が、自分の半生を綴った本を講談社から出した。その内容は、恐るべきものだ。私は一気に読み終えたが、途中何度も暗然としてページを閉じたくなった。生きているだけでも不思議なくらいの悲惨な状況に彼はいる。なのに、ものすごい執念で作曲を続けているのだ。本に記されたその様子を読んで鳥肌が立たない者はいないだろう。そして、無理のあまり、彼の指は動かなくなり、ピアノは弾けなくなり・・・というぐあいに肉体はますます蝕まれていくのだ。ここで詳述はしないが、安易な同情など寄せ付けないほど厳しい人生である。
確かに彼には、有名になってチャラチャラしている暇などない。生きているうちに、書けるうちに、書くべきものを書くしかないのだ。実は佐村河内の両親は広島で被爆している。それが彼の健康にも影響しているのか。明言はされていないが、可能性は高いだろう。
彼は言う、音楽以外はどうでもいい、すべていらない、と。これはきれいごとでも、格好をつけて言う台詞でもない。本当にそうなのだ。旅行したり、おいしい食べ物を食べたり等々といったことをする肉体的な余裕は彼にはない。毎日が、それどころか一瞬一瞬が、死や発狂との戦いなのだ。これは人生というより地獄と呼ぶべきではないのか。
現代が、ベートーヴェンやブルックナーのような交響曲を書けない時代であることは間違いない。人々はあまりにも物質的に豊かになり、刹那的な快楽で満足している。日本の若者を見てみればわかる。夢も希望もないのだ。いや、必要ないのだ。救いを探し求める気持などないのだ。日々を適当におもしろおかしく生きて行ければいいだけだ。だが、佐村河内は違う。彼は地獄の中にいる。だから、交響曲が必要なのだ。クラシックが必要なのだ。
演奏が困難な交響曲第1番。それが書名になっていることからも、この曲が作曲者にとってどれほど大事かがよくわかる。まさに命がけで書かれたのである。この大曲は、まだどこでも演奏されていない。演奏される見込みもない。だが、私はいつか実際にホールで聴いてみたい。まことに痛ましいことに、たとえ作曲者の生前にそれが実現したとしても、彼は自分の耳で聴くことができないのだが・・・。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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面白いのは、(私も独学でロック経由だったのでよく分かるのだが)このアイデア表の素材の中に(バッハ以前と現代作品はあるのに)肝心のドイツロマン派から近代音楽までの「クラシック音楽の基本」がすっぽり抜けていることだ。なのにビクトリアやバード、そしてオルフとかペンデレツキといったマニアっぽい作曲家は知っている。ロック畑出身というかビートルズっぽいというかその音楽知識のアンバランスさが興味深い。
一方、そんなS氏から「こんな感じで作って欲しい」と発注された音楽大学作曲科出身のN氏の方は、その「クラシック音楽の基本」を叩き込まれた専門家。彼はクラシックの基本から脱却した「現代音楽」の世界に身を置いているので、S氏のような現代のクラシック音楽の常識からはずれたぶっ飛んだヴィジョンはない。結果(S氏からの奇妙な注文に四苦八苦しながら)、自分が音楽大学で習った古典の知識を総動員し、生真面目かつ誠実にチャイコフスキーやマーラーといった(S氏の発注にはない)ロマン派のハーモニーやオーケストレイションの書式をこってり盛り込むことになったわけだ。(私が最初に聞いて、素人の聴衆を1時間以上飽きさせないこの曲の不思議な「構成力」に感心したのは、この綿密なタイムチャートがあったためのようだ)
この「発想とアイデアの誇大妄想的異形さ」と「作曲法とオーケストラ書法の職人的精緻さ」という両者の(まったく異質な)要素が偶然合体し、あの(時代錯誤という非難も世の常識も怖れない)「壮大なロマン派交響曲」を生んだことになる。音楽に関わる者としては「なるほど。こういうやり方があったか!」と膝を打つ(というよりビートルズの例を聞いてから、業界の誰でもうすうすは考えていたやり方なのだが)絶妙な作曲システムである。
”
またS氏騒動・長文多謝: 隠響堂日記
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クラシック業界にある問題のひとつとして、能力のある作曲家は(多くの)演奏家が演奏したくなるような曲、聴衆が聴きたいような曲を書こうとしない、というのがある。そりゃそうなのだ。クラシックの作曲家というのは、少なくともオーケストラ楽器を用いた作曲については圧倒的な知識と技量を誇る。あらゆる技法を分析し自家薬籠中の物とできるような人が、過去の作品の焼き直し・パッチワークを作ることに甘んじて満足できるわけがない。感動的に盛り上げるための和声進行も知っている、恐怖を覚えさせるためのリズムも知っている、きらめきを感じさせるための管弦楽法も知っている。つまらない、つまらない。使い古された書法も聞き飽きた調性の世界もつまらない。面白いものを、自分だけの新しい音楽を書きたい。そういうわけだから、自分の作品として、あえて過去の語法に則ったスタイルの音楽を書く人間は、現代にはまずいない
http://www.morishitayui.jp/samuragochi-niigaki/
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“そもそも。佐村河内の作品が他人の手になるものだったことが明らかになったことでその音楽に対する評価が一気に反転するのは、それ自体おかしなことである。なぜ多くの人はそのことに気付かないのか。この音楽は新垣隆という作曲家が、その技術をふんだんに、あるいはほどほどに投入して書き上げた立派な交響曲なのであり、それは最初から最後まで紛れもなく新垣隆によるオリジナルな音楽としてこの世界に存在していたのだから、いままでどおり聴けばいいではないか。同様の理由で「佐村河内の音楽がまがいものであると誰もが見抜けなかったこそ椿事である」という主張も完全に的を外している。そもそもの初めから、この音楽は「まがいもの」などではなく、新垣隆の脳と手を通じて、一回性、正統性、真正性(ベンヤミンが複製技術によって失われるとしたアウラの条件)を帯びてこの世界に生み出されたのだ。音楽を聴いただけで、作曲者が聴覚障害者かどうか、広島出身かどうかが判別できるものだと思っている連中のほうがどうかしている。初めからわかっていたことは、この音楽は単に「正しい」だけだという、ただその一点のみである。”
「聴くことの困難をめぐって」
人が何を「聴いている」のかがよくわかる文章。
たいていの人にとって美術館の絵よりもその説明書きの方が重要であることと同じ。