フリーアナウンサー長谷川豊の人工透析患者に対する暴言が問題になった。彼は「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!」「無理だと泣くならそのまま殺せ!」とブログに書き、厳しい批判にさらされた。
病気やけが、障害などのリスクは万人が直面する問題である。いくら健康に気を使っていても、突然病気にかかる可能性はなくならず、今日と同じ明日を迎えられるかは、常に不透明だ。そのような身体の不順やリスクに対して、原理的な自己責任論を適用してはならない。自分で治療費を負担できない人間は生きる価値がないという結論を導くことになり、最終的に公助や共助の対象となる人間は「不要な存在」と見なされかねない。生命に優劣をつける発想は、おぞましい優生思想を生み出す。
今回の暴言を目の当たりにして想起したのは、石原慎太郎の過去の発言である。彼はかつて「女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です」と述べ、問題になった。同じインタビュー記事(『週刊女性』2001年11月6日号)で、生殖という「目的を達せない人」を「本質的に余剰なもの」と言い、また「存在の使命を失ったもの」とも言い換えている。彼の中には<生きる価値のある人間>と<生きる価値のない人間>という二分法が存在するようだ。
そんな石原が、いま自らの肉体的衰えに苛立(いらだ)ち、死の恐怖にさいなまれている。『文学界』10月号に掲載された斎藤環(たまき)との対談「『死』と睨(にら)み合って」の中で、石原は三年ほど前に患った脳梗塞の後遺症に悩まされていることを告白する。
彼は「記憶中枢の海馬がやられちゃった」ため、字を忘れてしまったという。ワープロ入力は可能なものの、手で字を書くことが難しく、時にひらがなを書くこともままならない。彼は対談の中で「怖い」という言葉を繰り返し、「自分で自分にイライラする感じ」と述べる。最近は鏡に向かって「おまえ、もう駄目だな」とつぶやくという。
しかし、一方で今年七月に起きた相模原事件の容疑者について「僕、ある意味で分かるんですよ」と言い、大江健三郎に対して「ああいう不幸な子どもさんを持ったことが、深層のベースメントにあって、そのトラウマが全部小説に出てるね」とも発言している。一九九九年には、重度の障害のある人たちが入所する施設を視察した際、「ああいう人ってのは人格あるのかね」と発言しているが、現在も差別的な認識は変わっていない。
いま、石原はおびえている。それは自らが「不要なもの」と見なしてきた存在に、自らがなろうとしているからだ。
◆自らの思想におびえ
石原は、石原の思想に、存在を脅かされているのだ。この矛盾に直面した時、彼は「怖い」という言葉を連呼するしかなかった。そんな彼に「自業自得」という言葉を投げかけたくなるが、それはやってはならない。自己責任論の悪循環を加速させ、長谷川や石原の暴言を後押しすることにつながるから。
『世界』10月号は、「相模原事件の問い」と題した小特集を組んでいる。そこに掲載された熊谷晋一郎「『語り』に耳を傾けて-分岐点を前に」は、問題の所在を鋭くあぶりだしている。
熊谷は脳性まひによる車いす生活を送っているが、事件後、「いつもの通勤ルートが、急によそよそしい場所に変わってしまった気がした」という。これまでは満員電車で舌打ちをされても睨まれても「これは権利だ」と簡単に振り払えたものが、事件後は「急に襲われたりしないだろうか」と不安に思うようになったと述べる。
これは「不要なもの」とされる恐怖に基づいている。そして、この恐怖は近年、範囲を拡大させ、増殖している。昔は黙々と働く寡黙な人の価値が認められていたが、最近は「コミュニケーションが苦手な人、自閉傾向の強い人は『障害化』させられる」。社会が変化し、「不要」の基準が流動化する中、「みんなあす新しい障害者になるかもしれない」。
この不安と恐怖を乗り越えるために、人は「障害化」された人々を排除し、集団的価値へと同一化しようとするが、それは<石原慎太郎のパラドックス>を強化するだけである。いずれ自分の論理に、自分が殺されることになる。人は思いのほか弱く、不意な出来事であっという間に弱者化する。私たちは、そんな当たり前のことを忘れがちである。
いま何としても「弱くある自由」を守らなければならない。過度の自己責任論を全力で遠ざけなければならない。誰かの存在を抹殺しないために。未来の自分を殺さないために。
(なかじま・たけし=東京工業大教授)