差し迫る核誤爆の脅威 ニューズウィーク日本版
<トランプが核のボタンをもつよりひょっとしたら怖い話。新作ドキュメンタリー映画『コマンド・アンド・コントロール』によれば、米エネルギー省の機密資料から発掘した「核兵器運用上の事故」は千件以上。核弾頭を飛行機から落としたり、地上で失くしたり、爆風で30メートルも飛ばしたり……。今まで大惨事に至らなかったのが奇跡というべきだが、米国防総省は「核の安全神話」の上にあぐらをかいている> (写真は長崎原爆資料館にある長崎型原子爆弾ファットマンのレプリカ)
核兵器によるホロコーストなど、普通なら考えたくもない話だ。だが、日本と韓国の核武装を認め、ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)を標的にした核兵器の使用も辞さないというドナルド・トランプのような危険人物がアメリカの大統領候補では、どうしても最悪の事態が頭に浮かぶ。
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だが、常軌を逸した核使用発言が注目される半面、核兵器がもたらすもっと差し迫った危険は見落とされがちだ。核弾頭を誤って起爆してしまう危険が、核攻撃より身近な脅威になっているというのだ。
アメリカの食品産業の裏側を描いたドキュメンタリー映画『フード・インク』で一躍有名になったロバート・ケナー監督の最新作『コマンド・アンド・コントロール』は、アメリカが保有する数千発に及ぶ核兵器が、単純ミスで核爆発につながる脅威を描く。ジャーナリストのエリック・シュローサ―が執筆した同名のベストセラーが原作で、米公共放送局PBSと共同制作した。9月からニューヨークやロサンゼルスなど一部の都市で公開予定だ。
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作品が訴えるのは、核兵器の取り扱いをめぐって、恐ろしいほど多くの事故が過去に起きてきた事実。近年明らかになった米エネルギー省の機密資料をもとに「核兵器の運用に関して千件以上の事故」があったことを突き止めた。冷戦中、米軍が輸送中の核弾頭8発を「なくし」、うち1発はノースカロライナ州に落下したままいまだに見つかっていない、という事故もその1つ。
そうした事故がいまだ大惨事に至っていない理由について、シュローサ―は「まったくの幸運だが、運はいずれ尽きる」と語る。「パソコンや車と同様、核兵器も所詮は機械。機械はいつか必ず不具合が生じる」
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核の脅威を訴える映画や書籍は多い。だが、核兵器運用上の事故が原因で多くの命が奪われるというシナリオは、これまで映画化されてこなかった。本作を指揮した監督のケナーは派手な核戦争ではなく、実際にアーカンソー州で起きた事故を掘り下げることで地方の映画館の客席が埋まるほどドラマチックなドキュメンタリーに仕立て上げたことだ。
「この緊迫感あふれる映画をきっかけに、戦略核の維持と引き換えにアメリカが背負う代償やリスクは何なのか、国全体で議論が本格化するはずだ」と核安全保障に詳しい米ジョージ・ワシントン大学のジャン・ノラン教授は言う。
身震いするほど恐ろしかった
1980年9月18日の夜、メキシコ州のサンディア国立研究所で核兵器の研究に携わっていた科学者のロバート・ピュリフォイは、一本の電話に耳を疑った。アーカンソー州ダマスカス郊外のミサイル発射基地で、大陸間弾道ミサイル「タイタンⅡ」の保守点検作業をしていた若い作業員が、誤って重さ3キロほどの工具を数メートルの高さから落とした。それでミサイルの燃料タンクの表面に穴が開いたというのだ。
燃料漏れから大規模な爆発が起きれば、核弾頭が爆発する一触即発の危機だった。格納施設内にいた4人の作業員は、非常口からの避難を余儀なくされた。その後、指揮命令系統の乱れで遅れが生じ、決死の覚悟で緊急出動した技術者たちが事故現場に立ち入るまでに、すでに数時間が経過していた。
間に合わなかった。ついに格納施設内で燃料爆発が起き、9メガトンという当時のアメリカで最強の威力を誇る核弾頭が爆風で空高く吹き飛び、30メートル離れた地上に落下した。「自分は何としても事故現場に行かねばならないと覚悟していた。その核弾頭でいつ核爆発が起きても不思議ではなかった」とピュリフォイは当時を振り返る。
幸い、最悪の事態は免れた。安全装置が作動し、核爆発は起きなかったのだ。政府関係者の中には、大惨事に至らなかったのを良いことに、アメリカの核兵器は製造から30年以上経っても安全だと証明されたと豪語する者もいた。だがピュリフォイの危機感は消えなかった。「あの事故に関する記録を隅々まで読みあさって、身震いするほど恐ろしくなった」
1961年には、ノースカロライナ州上空で米空軍のB-52爆撃機が空中分解し、積んでいた核爆弾2発が地表に落下する事故が起きた。「うち1発は起爆のために必要なすべてのステップが実行に移され、地上に落下した時点で爆発用のシグナルが送られていた」とシュローサ―は映画で語っている。「水爆の爆発を寸前で阻止したのは、たった一つの安全装置だ」
核の安全神話
安全装置はきわめて簡素なスイッチだと説明したうえで、「万一あのとき起爆用の2本のワイヤーが接触していれば、核爆発が起きていた。そうなれば、この世の終わりだった」とピュリフォイは言う。広島に投下された原爆の267倍の威力がある4メガトンの核弾頭が爆発すれば、ノースカロライナ州全土が瞬時に壊滅し、北は1000キロ離れたニューヨークに至るまで、人体や作物の命を奪う放射能被害が広がっていたとされる。
アメリカ国家安全保障文書館の上級アナリストであるウィリアム・バーによると、当時、危機感を募らせたピュリフォイと同僚のグレン・ファウラーは、「高電圧の熱電池が爆発すること」により水爆が起爆する危険性をしきりに訴え始めた。二人は1970年代に入ると、国防総省に事故で焼け焦げた配電盤を持参して状況説明を行うなど、「安全対策は十分」だと信じきっていた政府高官にとっては耳障りな存在となっていった。「まるで国の研究所が自ら失態を暴露しているようで、憤慨する関係者もいた」とバーは言う。
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