AERA 2016年8月15日号
東京都内でも指折りの人気エリアである世田谷区。その新築マンション市場で、異変が起きているという。どうみればいいのか。
マンション市場を30年以上見続けてきた私からみても、この数字は異常だ。
下北沢や二子玉川など、「住みたい街」を多く抱える東京都世田谷区。発売されるマンションも多くが人気物件になる。しかし、区内で販売中の新築マンション35カ所を調べると、7月末時点で24カ所に「完成在庫」があることがわかった(2カ月以内に完成予定の物件を含む)。つまり、全体の7割弱が「売れ残り」を抱えていたのだ。
●売れ残り率2年で3倍
2年ほど前の調査では、26カ所のうち完成在庫があったのは6カ所と、割合は現在の3分の1だった。一時的な数字の「誤差」とは考えにくい。
マンションの完成在庫とは、建物が完成した後も買い主が決まらず、販売が続いている新築物件のこと。新築マンションは、建物が完成する前に販売を始め、購入者との間で売買契約を結んでしまう「青田売り」が基本だ。何千万円もする物件を図面だけで購入させる商習慣も異様だが、マンション業界では長年の慣行としてすっかり定着。開発業者は、建物が完成する前に全住戸の売買契約を成立させることを目標にしている。
なぜ開発業者は完成前の「完売」にこだわるのか。
多くの場合、マンション開発に関わる用地取得費や建築費、設計料などのコストは銀行融資で賄われている。その借入期間が長ければ長いほど、開発業者の金利負担は重くなる。
マンションを完成と同時に購入者に引き渡して販売代金が回収できれば、銀行融資が早く返せて金利負担が軽くなる。結果、事業全体の利幅が増える。ゆえに、新築マンションが完成在庫で残ること自体、業界では販売不振とみなされるのだ。
世田谷区は、東京23区の中で人口が約89万人と最多。面積は大田区に次いで2番目に大きい。当然、新築マンションの供給戸数も多い。そこで完成在庫が7割の新築マンションにあるという事態は、首都圏のマンション市場の先行きに暗雲が垂れ込めているとしても過言ではない。
完成在庫には、住友不動産や三井不動産、三菱地所、阪急不動産などの大手が開発したマンションも含まれる。「プラウド」のブランドで知られ、完成前後になると大幅な値引きも含めて販売活動を活発化させると言われる野村不動産の物件さえも売れ残っているという。
●年収1500万円必要
なぜ、世田谷区でこうした現象が起きているのか。理由は簡単。あまりにも価格が高くなりすぎているからだ。
日本銀行による「異次元金融緩和」の影響もあり、2013年ごろから首都圏の新築マンション販売は好調に推移。価格も上昇し始めた。決定打は、14年10月末の金融緩和の第2弾。これで、東京都心を中心に不動産市場は一気にバブル化した。いち早く価格が高騰したのは港区や千代田区、それに五輪開催決定で沸いた湾岸エリア。富裕層の相続税対策や、円安による外国人の「爆買い」もあり、高騰したマンションが飛ぶように売れた。
世田谷区は、こういった投機、投資とはやや距離を置く「住むために買う」実需層が中心のエリア。しかし、目黒区や品川区、杉並区といった他の実需エリアに先駆けて「都心バブル」の影響をいち早く受けてしまった。
アベノミクス以前の世田谷区の相場は、坪単価300万円が上限水準だったが、今は400万円を超える。これは3LDK・70平方メートルの新築マンションが約8500万円になる計算だ。この価格のマンションを買うには世帯収入が年1500万円以上は必要とされる。庶民に手が出るレベルではない。
完成在庫の増加は、大阪府、京都府など近畿圏でも表れつつある。世田谷区の現象は、堅調だった新築マンション市場の潮目が変わる「予兆」なのかもしれない。