コラール前奏曲「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」 BWV659

Bach – Choral-Prelude 'Nun komm' der Heiden Heiland' BWV 659
コラール前奏曲「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」 BWV659

リパッティの演奏はこれ
https://www.youtube.com/watch?v=0AgzkHUw5No

ここで Heiden とあるのは ドイツ語で Heide

辞書によれば

ヒース   
不信者   
原野   
曠野   
異教徒   
荒れ野   
荒野   
などである。
辺境の荒野に住むのは野蛮な異教徒であろうから
バーバリアンとか未開人とかでも通じるのだろう

ある人の意見によれば、異邦人、異教徒というよりも、
諸民族、諸国民とするほうが良いというのだが、どうだろうか

ユダヤ教が文明人の宗教であった地域で
周辺部の、未開の、間違った宗教心を持った、不信心な人を救済する人
それがイエス・キリストという位置づけになるのだろうか

Heiland は辞書では救済者

韻を踏んでいるのだろう

ここで、不信心な者と訳して良いものだろうか
周辺部に住んでいるのは虐げられているからであり
宗教心が足りないとされるのは、教育が授けられていないからだろう
むしろ、当時はユダヤ教が堕落していたということなのだろう

したがって、虐げられた、しかし、真に宗教的な人たちのための宗教というべきであろう

形式化して、支配者階級の宗教となってしまった当時のユダヤ教は
非支配者を虐げるものになってしまっていたということだろう

その背景を反映して、自分たちキリスト者を呼ぶとき
Heide を異教徒とするのはすこし違和感があるのではないか
当時の堕落したユダヤ教から見れば異教徒ということでいみは分かるのだけれども

諸民族とするのもまたどうかと思うが

直訳すれば 荒れ野の救い主 となるのだろう