病気が治りそうになると、治療にこなくなり

ある精神科医の書いた本を読んでいて、おもしろいなとおもったのは、病気が治りそうになると、治療にこなくなり、他の病院へ転院してしまう患者がいるということだった。理由はもちろん、「このままだと本当に治ってしまうから」である。病気が治るのは、実はけっこうつらいものだ。今まで、病気だということで免除されていたあれこれと、現実的に向きあわなくてはいけなくなるからである。就職はどうする。税金を払え。結婚をしろ。子どもは、家は、生活は。それならば、いっそのこと病気でいいやと、つい考えてしまう人がいても、おかしくはない。病気はくるしい。しかし、治るのもけっこうしんどい。だったら、今のままでいいや。これは、たしかに想像がつく。
誰もがしあわせになりたがっている、というのは、たぶんまちがっている。幸福も、けっこうたいへんなのである。逆に、「また失敗しちゃった」とか、「やっぱりだめだった」というのは、とても安心なのだ。もし、今までに経験したことのないような、ものすごいしあわせを手にいれてしまったら、自分はいったいどうすればいいのか。このままだと、冗談じゃなく、本当にしあわせになってしまう。どうしよう。そんな、よくわからない状態で、未知の幸福の前で立ち止まり、うろうろしている人を、わたしは今までに、けっこう見たような気がする。
わたしはおもうのだが、そうやって、失敗することや、負けることが癖になってしまうのは、すごくこわいことだ。負けることに安心するのはまずい。なにかに挑戦して、失敗すること自体はぜんぜんかまわないが、うまくいく方がいいに決まっているからだ。目の前にしあわせの可能性があるときは、手をのばしてちゃんと取るべきである。そっちの方がぜったいにいい。