“さっき妹がめちゃくちゃリズミカルにチョコレイトディスコのメロディで「く・ろ・や・な・ぎ・徹子♪」とか言いながら部屋に入って来て私の明日のテスト中に無限ループする曲が決まった。詰んだ。”
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“大宇宙から見れば、チリにも等しい存在が人間です。それでも、このチリは自分が生きていること、そして、やがて死ぬことを知っている-意識してしまったのです。ほかのすべての生物のように、無邪気に生き、死んでいけない“業”を背負ってしまったのです。
”
— 手塚治虫 「二十一世紀の君たちへ」
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“正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
吉野弘 『祝婚歌』”
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“「いくらセックスをしたところで、あなたは一人ぼっちです」ではなく、「一人ぼっちであることを確認する虚しい多数のセックスがある」ということのほうが正確”
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1984〜87年にかけて、ウィーンで自殺の報道方法を変えたことで、同方法自殺や類似方法自殺が80%減少しました。自殺報道を変えることで自殺を減らすことができます。
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“よう誤解されてるけど、知的能力というのは「何を知ってるか」で計られるものではなく「自分が何を知らないかをどれだけ精密に知っているか」で判断されます。だから知的能力が低い子供であればあるほど「ボクはなんでもできる」「知らないことはない」と信じ込むことができるのです”
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“ 恐怖というのは、「もっと準備が必要ですよ」というサインです。”
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“ヨーロッパは二層で出来ている
古来から続く土着の文化と
その上に多い被さったキリスト教文化
消し去ろうとしても消しされない古層を悪魔と読んだ
土着の知恵、例えば薬草などを操る女性を魔女と呼んだ
全てはキリスト教により支配するため
ナチスも抑圧されたゲルマンの民族宗教が暴発したという見方がある
ハリー・ポッターなんか明らかに反キリスト教で土着の宗教肯定の世界観
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“多くの人がゼロだと思っている自衛隊イラク派遣の死者は、自殺者16人、病死7人、事故または原因不明が12人。これは裏話とか、陰謀説とかじゃなくて、正規の国会答弁の議事録にあります。検索すると出て来ます。”
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“人間は極度の緊張状態になると、練習してきたことに戻る傾向があります。重大な時に、何も考えずに練習と同じことをしてしまうのです。”
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“実は才能がないっていうのは、”分からないこと”なんですよ。
た
とえば、僕は絵がまったく分からないんです。画集は1冊も持ってないし、絵を観てもどれがいいかなんて、全然分からないです。これは僕が絵に対して、まっ
たく才能がないってことなんです。でも一方で、世の中には「いい絵だ」「この絵が好き」っていう人がいる。この好きっていうのが、才能なんです。でもみん
な「好き=才能がある」ってことを知らない。才能というのは表現できて、人を驚かせるものだって思ってるんですけど、違うんです。「分からない=才能がな
い」「分かる(好き)=才能がある」で、その断絶はすごく大きいんです。実は「分かる」と「出来る」の差はそんなにないんですよ。”
とえば、僕は絵がまったく分からないんです。画集は1冊も持ってないし、絵を観てもどれがいいかなんて、全然分からないです。これは僕が絵に対して、まっ
たく才能がないってことなんです。でも一方で、世の中には「いい絵だ」「この絵が好き」っていう人がいる。この好きっていうのが、才能なんです。でもみん
な「好き=才能がある」ってことを知らない。才能というのは表現できて、人を驚かせるものだって思ってるんですけど、違うんです。「分からない=才能がな
い」「分かる(好き)=才能がある」で、その断絶はすごく大きいんです。実は「分かる」と「出来る」の差はそんなにないんですよ。”
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“稲
作には、穀物を食するネズミや、田の土手に穴を開けて水を抜くハタネズミが与える被害がつきまとう。稲作が始まってから江戸時代までの間に、日本人はキツ
ネがネズミの天敵であることに注目し、キツネの尿のついた石にネズミに対する忌避効果がある事に気づき、田の付近に祠を設置して、油揚げ等で餌付けするこ
とで、忌避効果を持続させる摂理があることを経験から学んで、信仰と共にキツネを大切にする文化を獲得した”
作には、穀物を食するネズミや、田の土手に穴を開けて水を抜くハタネズミが与える被害がつきまとう。稲作が始まってから江戸時代までの間に、日本人はキツ
ネがネズミの天敵であることに注目し、キツネの尿のついた石にネズミに対する忌避効果がある事に気づき、田の付近に祠を設置して、油揚げ等で餌付けするこ
とで、忌避効果を持続させる摂理があることを経験から学んで、信仰と共にキツネを大切にする文化を獲得した”
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“
重要なことは、どんなに調子の悪い時でも簡単にできる事を決め、そして例外を作らずそれを実行すること。
大抵の人は、ハードルは「やる」か「やらない」かの地点にあるのであって、やり始めてしまえば、ほとんど一回で終える事はないのである。
最初から10回やらなければならないと思うと、それが負担になって一回もやらないといっ方を選択してしまうのである。
まず一回やる事。
そしてその一回をやってしまえば、その時点で気分が変わるのだ。
これは、鍛錬に関する魔法の方法である。
そしてこのノウハウは空手などの肉体鍛錬だけにとどまらずあらゆる分野で応用が利く方法なのだ。
”
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“・ 俺はカレンダー関係なしの24時間交代勤務なのだが、
今の若い子は、「自分で考えろ」をやっちゃだめだと悟ってから結構楽になった。
昔気質だけど、「とりあえず俺のやってるように全部できるようにしろ」で通してる。
自分でこんな事いうのも恥ずかしいのだが、全体的に俺のものまねをしろと命じてる。
理解力・やる気に差があるのはどの世代でも一緒だから気にしないけど、
細かな雑用でも「こういう風にやれ」とやり方を強制すれば案外素直に聞く奴が多い。
3年目くらいまではそれでいいと思ってる。
おんなじ事を何回もさせて段々と全体が見えるようになれば、と。
教える側から変に自由を与えない方がいい。
「俺はこうするから、お前も同じようについてこい」ってノリで。
当然縛るだけじゃ相手も疲れちゃうから、極力飲みには誘わないし、
帰るタイミングもこっちから「今日はもう帰れ」と言ってやるようにしたり気を使っている。” ゆとり世代新入社員
ーーー
“
でも人に言われて気がつくようなことは、ハッキリ言ってたかがしれてる。
何かをやろうとすれば必ず壁にぶち当たる。その時に自分がどういう立場を取るのかはその人次第。その時に初めて本当のことに気がつくのだと思う。
自分としては若い人たちの音楽に特別サジェスチョンみたいなことはしないでおこうと思っている。
その理由は二つ。自分のやり方や考え方が正解だとは思わないから。その人たちのやり方が正解かもしれない。おもしろいと思えないのはまず自分の方の問題があるのかもしれないから。
そしてもう一つ、これが一番の理由。
だめになるのも良くなるのもその個人の責任。それに他人が関わることはない。
冷たい態度かもしれないけど、本当にだめなときにはいくらサジェスチョンしても真の意図は伝わらないものだと思う。言ったって言葉としては分かってもそれが本人達にとってその時役に立つかどうかといえばそうとは思えないからだ
そういうときにはお客さんとしての当然の態度、「無言で立ち去る」べきだと思っている。
出来ることは自分がよいと思った音楽を出来るだけサポートすること。そのサポートした音楽を聴くことがあれば何かしら気がついてくれる、時期が来れば。そう思っている。
だから友人知人の音楽であってももうしばらく聴きに行くことはないだろうと思うモノは沢山ある。友人だからこそ逆に自分で何がだめか気がついて欲しいと思うのだ。ましてやだめだと言うことすら気がつかない状態では何を他人から言われたとしてもなんともならないと思う。
大友さんがあの優しく厳しい批評をしたのは審査員を引き受けた自分の責任をちゃんと果たしていたからだと思う。生半可な気持ちで審査を引き受けるほど大友さんは甘っちょろい活動はしていない。
他人を審査すること、サジェスチョンすること、どちらも中途半端な態度ではできないのだ。
”
ーーー
“先日、小1の娘が「嫌な授業がある」と浮かない顔していたので算数か体育か?と思って聞くと「道徳」だった。何故かというと「先生が思っている正解を言わないとそんなことを聞いてませんって言われるから」だって。”
ーーー
“自称IT企業が東京に集中しているのを見て外人は驚いた
何のためのITなのだと
”
ーーー
“発言の内容は正しいのに、喧嘩腰で話す人は損していると思うな。正しければ良いというものではないでしょう。”
ーーー
“自分が本当に求める人生を送るには自分自身がアクションを起こすしか無いのです。自分で考え後悔の無い決断を下す。それは、同僚も友達も、両親でさえも出来る事ではありません。全ては自分次第なのです。”
ーーー
“芸術とはなにか?の続き。
芸大で用務員のおじさんが、間違って生徒の卒業設計の彫刻を捨ててしまった、、、ゴミだと思って。
清家先生の話によると、用務員のおじさんは長年勤めていて、目が肥えているので、その人が、ゴミだと思えば、芸術ではなくてゴミだから、問題なしとする、、、という話が爽快でよかった。紙一重だからねえ。”
ーーー
“目が見えない人たちのためにベストな機能を追求した時計をつくろうとした。しかし、想定顧客である目が見えないテストユーザの人たちからのフィードバックは、「目が見えない人専用のものは使いたくない。」
ーーー
“将
棋でもスポーツでも何でも良いのですが、対人要素のある勝負事に熱中したことのある人であれば、「相手の思考を読む」ことが大切であるかをよく理解してい
ます。読みがどれだけ勝敗に直結しているか、相手の思考を読むのがどれだけ難しいか、相手の読みの一手先を読むのがさらにどれだけ難しいか、そうやって
勝った時にどれだけ嬉しいか、そしてその読み合いがどれだけ面白いのか。この面白さを知っている人は「勝とうとも負けないとも思っていない。だから強い」
という言葉の意味も知っています。目的の無い行動は読みようがないのです。読みの精度が勝敗に繋がるので、行動を「読ませない」というのは勝つための立派
な戦略であり、行動が「読めない」というのは最も警戒すべき事態なわけです。”
棋でもスポーツでも何でも良いのですが、対人要素のある勝負事に熱中したことのある人であれば、「相手の思考を読む」ことが大切であるかをよく理解してい
ます。読みがどれだけ勝敗に直結しているか、相手の思考を読むのがどれだけ難しいか、相手の読みの一手先を読むのがさらにどれだけ難しいか、そうやって
勝った時にどれだけ嬉しいか、そしてその読み合いがどれだけ面白いのか。この面白さを知っている人は「勝とうとも負けないとも思っていない。だから強い」
という言葉の意味も知っています。目的の無い行動は読みようがないのです。読みの精度が勝敗に繋がるので、行動を「読ませない」というのは勝つための立派
な戦略であり、行動が「読めない」というのは最も警戒すべき事態なわけです。”
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“遠くを見て辛くなったりやる気がなくなったら、足元だけを見て一歩一歩進むしかないよなあ。そのうち景色も変わるさ。”
ーーー
“私たちは電気を使わない暮らしをしてます、みたいな人たちを紹介するテレビ番組を見てたら、アルミの鍋で食材を煮てたりして自然の火の力ですとか言われても、その鍋は、ボーキサイトを電気分解して作ったアルミ製なんだよなとか考えてゲンナリしてしまうわけで・・。”
ーーー
“大人は松ぼっくり拾いとか白詰草編みとかでは満足できないみたいなのでいちいちお金かかる遊びをする たいへんだ”
ーーー
クリティカルヒットを「会心の一撃」と意訳し
敵側がつかうなら「痛恨の一撃」だなと対義語を作る言語センス
これだけでも並の人間では生涯たどり着けない領域
ーーー
“プロの動物トレーナーより。
動物のトレーニングテクニックはまわりの人間にも使える。驚くほどの結果が出て生活がしやすくなる。”
ーーー
“
めんどいけどすごい簡単にモテる方法発見したぞ!
まずノート一冊用意しろ。
それに、明日から女としゃべった内容を書いていけ。中身のあること
だけ書けばいい。何がすきとか何はあんまりつまらなかったとか。
女の情報をプロファイリングするんだ。
そういう過去に言った何気ないことを覚えてると、女はドキッと
くるらしい。マメな男がモテると聞いてこの方法を始めてみたんだが、
2ヶ月後くらいから本当にモテだしてワロタw
ノートにメモしたことを覚えている云々ということよりも
ノートにメモを取るために相手の話を聞くときの態度が
「興味深くあなたの話を聞いている」ようになることが
モテることに繋がっているのだと思います
”
ーーー
“俺は経済学の英文ブログ読めない日本人wwwとバカにする人より翻訳してみんなに広めようとしてる人のほうが好きだ(´・ω・`) それが「インテリ」の役割じゃないんかね。”
ーーー
“アウトプットは量多い方がいい。フィルタは各自がやればいい。この原則わかんない奴はインターネット合わないと思う。”
ーーー
“わざとらしい小細工で人を喜ばせるよりも、何もしない方がよいのだ。口実を作って接待をするのも良いが、突然にご馳走する方が、ずっと良い。プレゼントも、記念日などではなく、ただ「これをあげよう」と言って差し出すのが、本物の好意なのだ。”
徒然草 第二百三十一段
ーーー
“漢字の語源としては
攻撃用が「凶器」
防衛用が「武器」です。
武は戈を止める、即ち攻撃を防御するという意味”
ーーー
昆虫に先祖と呼べる化石は見つかっておらず、しかも地上に初めての植物が生え始めたと同時に出現してる
つまり、ある日突然地球上に現れたことになる”
ーーー
“
ひさびさに、6年ぶりぐらいにiPhoneを手放して、あまりに所在なくてびっくりしました。電車待ちとか、ふっと空いた時間に、何をしていいかわからない!!
iPhone持ってたときは、2chかFacebookかTwitterで忙しかったのに。
iPhone持ってないと、圧倒的に所在ない!
わたし、スマホ以前って電車の中で何してたんだっけ・・・
”
ーーー
“芸術における最大の障害は芸術を頭で理解したがる人々”
ーーー
“最近、民俗学に関する文献を読んでたのだけれど、
秋田のなまはげが「悪い子はいねがー」と家々をまわるとき、
家の主人(父親)は怖がってすがりついて泣く我が子を抱えながら
「うちに悪い子はおりません」と言って、なまはげを丁重にもてなす。
真の目的は、厄除けよりも、父親が怖い鬼から自分を庇ってくれたと
子供に思わせることで、
家族間の結束や父親への尊敬を植え付けるためではないか
という見解があって、それに妙に納得してしまった。”
ーーー
“江戸時代にぜいたく品が禁止になった時に
かんざしが売れなくなった かんざし屋はどうしたか?
かんざしの先に耳かきをつけて これはぜいたく品ではありません
耳かきです!とすっとぼけて売った
幕府もそれを見逃した”