“(バイリンガルは)「心が二つある」とも言えそうです。

“(バイリンガルは)「心が二つある」とも言えそうです。バイリンガルの友人は、英語で話すときはアメリカ人的な人格、日本語のときは日本人的な人格になる」と言っていました。実際、脳活動が言語によって切り替わるのです。こういうデータを見るたびに、使用言語が思考癖や人格形成に寄与するのは当然のように思えてきます。”

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これがあるので、英語を話すことの是非が問題になる。
アメリカ文明に同化することが個人や日本にとって利益になるのかどうか。

基本になる言語を母国語にすれば、いろいろな意味で圧倒的に優位に立てる。
PCでも基本OSを押さえている。電話やネットの基本通信ブロトコールもアメリカが押さえている。

しかしただ単に言語は道具で、どれでも互換性があるというものではない。
英語を使っていれば、心は英語的心になる。
日本語を使えば日本語的心になる。

英語的心になった日本人は二流英米人にしかなれないとすれば
結局英米支配層に才能を利用されるだけとなるだろう