採録
“毎月分配型投信「第4世代」のひどすぎる手口
新たに開発された毎月分配型の手口「グロソブ」が上品に見える…?
“人気の金融商品”と“良い金融商品”は一致しない?「毎月分配型」と称される投資信託は、その名の通り毎月決算を行って分配金を支払う仕組みに特色がある。1997年に設定された国際投信投資顧問の通称「グロソブ」ことグローバル・ソブリン・オープンがこのジャンルの開拓者であり、同ファンドは、一時運用資産残高が5兆円を超える巨大ファンドになった。
毎月分配という仕組みは、運用利回りがプラスであることを前提とするなら、課税のタイミングが早くなる分だけ、年1回分配の同一運用内容の商品よりも確実に損になる。
しかし、特に年金収入の補完を意識する高齢者にとって、毎月収入があることの(実際には自分の資産を取り崩しているだけだが)分かりやすさと安心感、分配金を一定に保つことで「安定した利回り」に近いイメージを与えて安定した運用であるかのように見せる売り方が効果的であったことなどから、証券会社ばかりでなく、銀行の窓口販売でもよく売れて、「売れ筋商品」の地位を獲得した。
銀行窓口での投信販売は、1998年に実施され「日本版ビッグバン」と呼ばれた一連の金融規制緩和の一つとして解禁されたが、グロソブおよび同類の毎月分配型ファンドは、リスク商品を売ることに慣れていなかった銀行員に分配金を強調して顧客に投信を売る手口を覚えさせ、彼らの投信を売ることに対する抵抗感を払拭していった。筆者は、投資家にとっての損得を重視して、一貫して毎月分配型ファンドに批判的なのだが、グロソブが結果的に果たした投信販売拡大への貢献、投信関連業界への貢献は認めなくもない。
もちろん、証券マンもしばしば分配金を強調して投信をセールスする。
ある日、筆者のオフィスに飛び込み営業でやってきた大手証券の若手証券マンは「社長、投資信託の選択にあって重要なのは、インカムゲインすなわち分配金です」と大きな声で断言することから、当時毎月の分配金が200円 (税引き前) ほどあった某商品のセールス口上を述べ始めたものだった。
?「でも、元本が値下がりすると、トータルでは損になるでしょ」と言うと、彼は「ええ。いえ、でもきっと大丈夫です。私は米国のリート(REIT:不動産投資信託)もブラジル・レアルもしばらくは大丈夫だと確信しています」と言って動じなかった。彼は、恐らく数字を稼ぐいいセールスマンに育っているだろう(彼の会社には「数字は人格である」という素敵な格言がある)。筆者には、彼の将来の方が、ブラジル・レアルの将来よりもよほど確かなものに思える。
さて、実は最近、ある投資信託のアナリストから、「山崎さん、毎月分配型にまた新しい“手口”が開発されて、これが結構な勢いで資金を集めています。いわば、第4世代の手口ですが、これがひどいのです!」と教えられた。
商品を調べてみると、確かに、これはひどい商品だ。今や資産がやせ細ってしまったが、かつて敵視したグロソブが何とも上品に見えるくらいのものだ。
毎月分配型投信の登場と分配手口の変遷
グロソブに代表される第1世代の毎月分配型ファンドは、かつて、外貨建ての利率が高かった主に外国債券や、高配当の外国株式あるいは海外REITなどに投資することで、インカムゲイン(利息・配当・分配金などの現金収入)を稼ぎ、時に稼いだ為替差益などとともに分配金の原資としていた。先進国であっても外国の金利が高かったことから、外国債券への投資で、年率にして数パーセントの分配金利回りを出し続けることが数年間可能な時期があった。
もちろん、元本は為替リスクにさらされ、またファンドのトータルな運用利回り以上の分配を行うので、投信の株価に相当する基準価額は変動しながらも下落傾向にあったが、商品としてはよく売れた。
しかし、2000年代の後半に金融市場が変調を来し、特にリーマンショック後は先進国の債券の利回りが低下して、外国の債券やREITを買うだけでは、セールス上魅力的な分配金をひねり出すことができなくなった。そこで、2009年に登場して、あっという間に人気を集めた新しい仕組みが「通貨選択型」で、これは毎月分配型の第2世代と呼んでいいだろう(以下、既に有名な「グロソブ」以外は、現行の販売商品でもあり、個別ファンドの名前を本稿では挙げない)。
第2世代では、まず、米国のハイ・イールド債(信用度が低くて利回りの高い債券)などに投資するが、少しでもインカムゲインを獲得しようとする一方で、これに加えて、通貨のリスクを米ドルからブラジル・レアルのような新興国の高金利通貨に切り替え、高金利通貨(たとえばレアル)と低金利通貨(米ドル)のほぼ金利差に近い通貨プレミアム(FX取引のスワップ・ポイントに近いもの)を分配原資に加えることで、さらに分配原資を積み増そうとするものだ。スタートの基準価額1万円に対して、毎月150円、200円といった刺激的な水準の分配が可能となって、人気を博した。
ただし、投資家は、米国のハイ・イールド債や米国REITといった投資対象資産の価格変動リスク・信用リスクなどの他に、ブラジル・レアルなど新興国通貨の為替リスクを負う。新興国通貨の変動リスクは、大雑把にいって、日経平均並みあるいはそれ以上の大きさなので、一般に、分配だけが安定していて、基準価額は激しく動くことになる。
この状況を指摘されたある高齢投資家が、「銀行の人がね、『長期投資だから、元本の変動には一喜一憂しなくていい』って言っていたから、私は気にしないの」と言っていると聞いて、唖然としたことを思い出す。
三階建ての仕掛けで“分配金の刺激”を与える第3世代
さて、通貨選択型ファンドが派手な分配水準を競うようになって、第3世代の手口を採用したファンドが翌2010年に登場する。第3世代の手口は、まず米国のREIT等のインカム利回りの大きな資産に投資し、さらに通貨リスクをブラジル・レアルなどの高金利通貨に切り替えるところまでは第2世代と同じだ。第3世代では、これに加えて、カバード・コールというオプション取引を使う。
米国のREITに投資している場合、米国REITのコール・オプション(将来一定価格で資産を買うことができる権利)を売却して、そのプレミアム分(保険料のようなものだ)をさらに分配原資に加える。
コール・オプションを持っていると、将来、原資産(元になる資産。この場合、米国REIT)の価格が上昇した時に儲けを出すことができる。コール・オプションを「売る」とは、この取引の相手方になることで、つまり原資産が値上がりすると損をするいわば保険のような契約を引き受けることになるが、その保険料に相当するコール・オプションの取引価格が「プレミアム」だ。
ファンド全体としては、原資産である米国のREITを保有しているので、この資産の価格が上昇した時には、原資産の儲けと、オプション取引の損が相殺し合う関係になる。一般に、原資産を保有しながら、その原資産のコール・オプションを売る取引の組み合わせを「カバード・コール」と呼ぶ。この場合は、米国REITに投資しながら、米国REITの値上がりによる利益の可能性を放棄することで分配金を積み増すのだ。もちろん、米国REITの価格が下落した時には、その損は基準価額に反映する。
第3世代のファンドは、インカム利回りの高い資産のリスク(一階)、高金利通貨のリスク(二階)、カバード・コール取引(三階)の三重の仕掛けで分配原資を作っているので、運用業界内では俗に「三階建て」と呼ばれる。
人間に喩えてみよう。昼間は給料の高いブラック企業に勤めて稼ぐ一方で、夜は別の危険な仕事でアルバイトをして稼ぐ。加えて、昼間の勤め先では将来の昇給を諦める約束をして給料を高めに前借りし、希望を捨てて全力でお金を稼いで全てを支払いに回す。まるで、怖い借金取りに捕まってしまった多重債務者のような運用で分配金を作るのだ。
そこには、「経済・企業の成長に投資して、長期的に資産を形成する」といった、明るい投資の建前は感じられない。ただ、分配金の刺激が毎月あるだけだ。
さらに分配金を積み増そうとする第4世代ファンドの仕組みとは
さて、お待ちかねの第4世代ファンドの運用の仕組みを見てみよう。名前は「或るファンド」としておく。
?「或るファンド」には、米国株式や米国REITに投資する姉妹商品があるが、第1段階の投資対象は日本株式であり、インデックス運用ではなく、アクティブ運用だ。ここまでは普通である。
第2段階として、目論見書に「高金利通貨戦略」とうたわれている通貨リスクのスイッチがある。通貨は運用会社が選ぶが、現在はブラジル・レアルが使われている。日本株運用にブラジル・レアルの為替リスクとは、サンバの衣装を着て京都観光を行うくらいの違和感があるが、ここまでは先例がある。
第3段階は、日本株のカバード・コール売却で、資産額の概ね50%前後を目処にコール・オプションの売りポジションを作って、オプション・プレミアムを稼いでいる。ここまでなら、第3世代と似た仕組みだ。
?「或るファンド」の場合、第4段階として、さらにブラジル・レアルのカバード・コールも通貨リスクの50%を目処として売却することで、分配金を積み増そうとしている。確かに、通貨でもリスクを取りながら儲かる可能性だけを放棄することで、分配原資を稼ぐことができる理屈であり、使えるものは何でも使おうということなのだろう。
この結果どのような商品が出来上がったか。
分配金は何と毎月300円で、今年の7月まで13ヵ月、累計で3900円が分配された。
分配金300円のインパクトが効いたものか、今年6月末時点で純資産残高は1900億円を超えている。1000億円の大台に乗ったのは5月の下旬であり、ここのところ急激に残高を伸ばしている。相変わらず「売れ筋」に入っているので、運用資産は急増中だ。運用会社として、当座、ビジネス的にはうまくいっていると言っていいだろう。
今年の6月末時点で基準価額は8463円で、過去1年間に3600円の分配金を払っている。昨年の6月末の基準価額は10667円だった。単純計算でこの1年間の投資家は約14.0%儲かっている(税引き前)ことになるが、この期間のTOPIXの投資収益率は31.6%(日本取引所グループ・ホームページによる)なので、TOPIXに連動するETF(上場投資信託)でも買っていれば、ざっと倍儲かったことになる。運用成績は、少なくとも「凄い」訳ではなく、むしろこの環境では「残念」な部類だろう。
考え得る最低レベルの商品まともな投資と言えない
さて、たまたまの1年の運用結果よりも、商品の評価の上では手数料が大事だ。
購入時の手数料は3.5%(税抜き)を上限に販売会社が決めることができる。投信の販売手数料は、販売会社によって異なり、「一物一価」が成立していない。この商品も、ある大手証券の店頭で買うと(1億円未満の場合)3.24%(税込み)の販売手数料が掛かり、ネット証券で買うとノーロード(販売手数料0%)だ。
肝心の運用管理費用(信託報酬)はどうか。「年率1.902%(税込み)程度」と目論見書にある。筆者の判断基準では、「論外に高い」。
商品全体への筆者個人の評価を率直に述べるなら、「或るファンド」は公募の投資信託として考え得る最低レベルのクズというしかない。仕組みは投資信託なのだが、まともな投資の要素がほとんど無い。
投資家は、日本株が儲かると思えばTOPIX連動のETFでも買えばいいし、ブラジル・レアルが上がると思うならレアル建ての債券でも買えばいい(前者はお薦めするが、後者はお薦めしない)。TOPIXのオプションは上場されているから、ETFと組み合わせてカバード・コール取引は自分でできる(やりたければ簡単だがお薦めしない)。ブラジル・レアルのカバード・コールは個人には簡単ではないが、読者が大金持ちなら、外資系の証券会社にでも頼めば、大いに不利な条件だろうがポジションを組んでくれるだろう(やめた方がいいだろうと思う)。
投資家は自衛するしかない両親などにも注意喚起してほしい
?「或るファンド」を買うとするなら、運用会社か販売会社を儲けさせるため以外の動機が筆者には思い当たらない。
以上、いささか込み入った運用の仕組みに立ち入ったが、毎月分配という、投資家にとって合理的ではないが、販売側にあってのみ具合のいい筋悪の商品を野放しにしてきた結果、投信商品の内容も、投信の売り方も、この「或るファンド」が象徴するように、すっかり「こじれて」しまったのだ。
この際、投資家の側でこの種の商品に引っ掛からないように、自衛するしかない。筆者のオフィスに飛び込んできた若手証券マンの営業口上をまねるなら、「社長、投資にあって肝心なことは、インカムゲイン、つまり分配金なんかに引っ掛からないことです!」。
読者ご自身にご注意いただきたいのはもちろんだが、読者のご両親など、毎月分配型ファンドの営業ターゲットになっている人々にも伝えてあげてほしい。”
2015-07-26 18:10