ビーフシチュー

採録

 これからの季節、コトコト煮込んだ温かい料理が恋しくなる。その代表格はビーフシチュー。肉は、口の中でとろけるように軟らかいほうがいい。できれば、圧力鍋がなくても、短い時間でも、特売品のかたまり肉でもおいしく仕上がる方法があればと、いろいろ試した。

 まず大型食料品スーパーに肉の買い出しへ。「煮込み用」とラベルに記された特売品のかたまり肉は100グラム100円。一方、その横にはサシが入った同480円の肉があり、こちらの方が断然おいしそう。だが、ここはあえて特売肉を選んだ。
 ビーフシチューは料理本で見た有名シェフのレシピ通りに作ることにした。最初は買った牛肉をそのまま使う。約4cmの角切りにし、フライパンで焼き目を付けて、タマネギ、ニンジン、トマトなどの野菜と一緒に約2時間煮込み、ソースを加えて味を調えて……。
煮込むだけでは 予想通りの硬さ
 見た目はおいしそうなシチューができたが、主役の肉が予想通り、硬い。ナイフは力を入れないと動かない。前後合わせてナイフを13回動かして、やっと切れた。口に運んでもゴムをかむような感覚。歯の間には繊維が挟まり、ソースを味わうどころではなかった。
 さて、この肉を軟らかくする方法は。料理本やネットの料理サイトなどで調べてみると、多かったのはいろいろな食材に漬け込んでから煮込む方法だ。紹介されているのは赤ワイン、ヨーグルト、キウイ、パイナップル。この4つを全部試してみることにした。
 赤ワインとプレーンヨーグルトはそのまま、キウイとパイナップルは角切りにして、それぞれ肉が隠れる程度の量に漬け、冷蔵庫で一晩寝かせる。そして翌日、同じ作り方で煮込んでみた。かみ応えさえあった肉が軟らかくなるものか。
 明らかに軟らかくなったと実感したのはキウイに漬けた肉。あの硬さがウソのようにフォークでもほぐれる。ナイフでは3回半ぐらいで切れた。キウイも少し一緒に煮込んだのでほんのり甘く、子どもも喜びそうな味わい。同じ果物のパイナップルに漬けた肉も、軟らかさ、味ともにキウイと似ていた。
 ヨーグルトに漬けた肉も、キウイほどではないが確実に軟らかくなった。味の深みならヨーグルトに軍配を上げたい。マイルドな中にさわやかさを感じ、食が進む。インドの伝統料理、タンドリーチキンはなぜヨーグルトに漬け込むのか、少しわかった気がした。
 赤ワインに漬けた肉はあまり軟らかくならなかった。よくレシピに登場するのに、なぜだろう。実験結果を携えて、女子栄養大学短期大学部の宮入照子准教授を訪ねた。
 「赤ワインに含まれるタンニンは、肉の臭みを消し、風味を良くするんですよ」と、宮入さん。軟らかくする効果も若干あるが、それを生かすには「ワインに酢、油、タマネギを調合して一緒に漬けるとさらに効果的」だという。
酸性の食材 繊維をほぐす
 どんな動物の肉でも、お酢やヨーグルトなど適度な酸性の食材に浸すと、「肉が本来持つ酵素の活動が活発化し、繊維がほぐれ、保水力が増す」(ミツカン広報部)。だからジューシーで軟らかくなるそうだ。ただ、酸性が強すぎると表面が白く変質してしまうので、お酢にワインや油を混ぜるのがポイントだ。
 話を聞いて確かめたくなり、もう一度シチューを作ることにした。肉を漬けたのは赤ワインにお酢、タマネギを混ぜたもの。それを煮込むと、ほろりと軟らかく、ふんわりワインの香りのする上品な仕上がりになった。
 タマネギを混ぜたのは「キウイと同じようにたんぱく質を分解する酵素が含まれている」(宮入さん)から。お酢が肉の内側、タマネギの酵素が外側から肉に作用したのだ。
 このたんぱく質分解酵素はパイナップル、パパイア、メロンなど生の果物に含まれている。ならば最後にと、全部の方法を合わせてみた。赤ワイン、酢、タマネギの黄金トリオに、甘いキウイ、ヨーグルトを混ぜる。この組み合わせに肉を漬けて煮込むと、ほろほろと崩れそうな軟らかさに。鍋をかき混ぜるときには注意が必要なほどだ。
 デミグラスソースがミルフィーユのように見える肉の繊維に染み込み、口に運ぶととろける感覚。素材は安い肉だが、これならおもてなしにも使える味だと確信した。
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おでんの大根煮こむなら米のとぎ汁で下ゆで
左がそのまま、右が米のとぎ汁で下ゆでしたもの
 煮込むメニューの和の定番は、おでん。おいしいダシがよく染みた大根は格別だ。上手に味を染み込ませる方法を試してみた。
 表面を乾燥させるとダシが染み込みやすいのではないか。そう考えて、大根の輪切りを天日で3時間干してから2時間煮た。結果はだめ。乾燥させたせいか表面がざらざらで、舌触りが悪い。表面につまようじで穴を開け、染み込みをよくさせようと試みた大根も、表面がクレーターのようになり見た目がよくない。
 おいしく仕上がったのは、米のとぎ汁で40分ほど下ゆでする方法。火が通っているためダシの浸透は早かった。女子栄養大の宮入さんによれば、米ぬかの微粒子が大根の辛みをとり、自然な甘みが出るという。
 一度火から下ろすと味の浸透が早いと煮物全般によくいわれるが、2時間ずっと煮続けたものと、途中で30分間火から下ろしたものでは、2時間継続したほうが大根は色濃く染みて、火から下ろす効果はわからなかった。