“また同番組では、漢字の「幸」の起源についても触れている。かつて手に枷をはめる刑罰があり、それが転じて「幸」という字になった。なぜそれが「幸せ」なのかといえば、本当は死刑になるところを、命を落とさずにすんだからという。  「だから『幸せ』というのは前の上を見るんじゃなくて、後ろの下を見ること。望むものじゃなくて感じるもの」  つまり「幸せ」とは、今ここにない「理想」の状態を追い求めることではなく、今ここにある現状に満足することであると言うのだ。”

“また同番組では、漢字の「幸」の起源についても触れている。かつて手に枷をはめる刑罰があり、それが転じて「幸」という字になった。なぜそれが「幸せ」なのかといえば、本当は死刑になるところを、命を落とさずにすんだからという。
 「だから『幸せ』というのは前の上を見るんじゃなくて、後ろの下を見ること。望むものじゃなくて感じるもの」
 つまり「幸せ」とは、今ここにない「理想」の状態を追い求めることではなく、今ここにある現状に満足することであると言うのだ。”

たとえば仕事で日常的に不条理な死に接していて
家族に対しての慰めの言葉もなく
本人に対しても祈りの言葉も浮かばないままで生きているとか

人間同士の離婚、財産分与、ハラスメントなどのいさかいの現場にいて
どちらかの味方をしたり公平な立場で介入したりするのだけれども
心はどんどん燃え尽きていってしまうとか

そんな場合、しみじみと、ただ生きているだけで、何という恩寵であろうかと、
心の底から感謝がわき起こることもある

たいていは疲れ果てていて何も考えないのであるが