エピジェネティックスは心的外傷を脳に焼き付ける
Epigenetics Burns Trauma into the Brain
重度の児童虐待を受けた体験がある自殺者では、海馬組織における遺伝子のDNAメチル化、すなわち遺伝子発現に差異がみられる。
幼少期の心的外傷はその後さまざまな精神疾患の発症脆弱性を高める方向にストレス反応および認知システムをリセットすることがある。海馬におけるこれらのシステムに関与する遺伝子発現に小児期の逆境体験が与える影響を解析することを目的に、カナダのLabontéらは、重度の児童虐待を受けた経験を有する自殺者25例の海馬組織を用いて遺伝子23,551種類のプロモーター領域のDNAメチル化を測定し、児童虐待体験がなく突然死した対照者16例と比較した。
対照者の組織標本と比較し、児童虐待/自殺者の組織標本では神経細胞画分において362種類の遺伝子に高メチル化(遺伝子発現の低下に関連)または低メチル化(遺伝子発現の亢進に関連)が認められた。メチル化の差異がもっとも有意に大きかったのは神経可塑性の調節遺伝子であり、とくにALS2(Alsinコード遺伝子)の高メチル化が顕著であった。児童虐待/自殺者の組織標本では、対照者に比べ、ALS2の転写活性が低かった。
コメント
本研究グループが自殺者を対象に選択した理由は、自殺者では他の原因で死亡した人に比べ被児童虐待者の割合が高いことにある。クロマチン修飾といった他のエピジェネティク変化も関与している可能性はあるが、今回の結果は、児童虐待が遺伝子メチル化を変化させることにより神経機能調節遺伝子の発現に差異を生じさせることを示唆している。動物あるいはヒトを対象とした他の研究においてもグルココルチコイド受容体(GR)遺伝子、コルチコトロピン放出因子(CRF)遺伝子、そしてバソプレシン(VP)遺伝子の発現に関して小児期のストレスに関連した変化が報告されており、本研究の知見はこれらと整合する(JW Psychiatry Jul 23 2012)。今回調べられた遺伝子の修飾が危険性の評価および危険な状況への反応に関与している遺伝子群間の機能的な関連を変化させうるように、GR、CRF、VP遺伝子のエピジェネティック修飾もストレス反応の基礎設定を変化させる可能性が考えられる。